第10話 言葉を演算するギフテッド
30分もたたずに、今度は光志が堅志と志保の部屋のドアをノックした。
「堅ちゃん。僕が学校に行きたくないって思ったのはね、言葉が通じなくなったからなんだ。小2までは元々言葉を使わない動物みたいな感じだったんだけれど、3年生になると人間のくせに言葉がわからない、バカばっかりな感じで疲れちゃったんだ」
勉強を教えに来たのかと思ったが、少々違う方向の話を始めた光志に、兄の堅志は言った。
「光志……どうした?」
「うん。学校とか会社とかの入るための検査って、その場所に合わせた最低限のバカ以上でないと、仕事や授業の進みに支障をきたすからだと思うんだ」
「うん」
「それを確かめるための受験、そしてその方法としてのテスト。だとするとさぁ、あなたはここわかっている?ってポイントを、こんな風に間違えている人が多いんだよね、っていう仕掛けで釣って来る。釣りの仕掛けを工夫して、バカを釣り上げるのがテストだよね?」
「うん」
堅志の同意の言葉を聞いた光志は、嬉しそうに紙芝居のようなものを出してきた。
「堅ちゃんが何を考えているのか、僕にも志保にもわからない。でも頭痛いって言えば、堅ちゃんが機嫌悪そうだなって思っていた、その理由がわかる」
「うん」
「でもその情報は、僕と志保が勝手にそう思い込んでいるかもしれない。頭は痛いけど、僕が壊した堅ちゃんのプラモデルのことを根に持って怒っているのかも。堅ちゃんじゃなくてお母さんが頭痛いって言っていて、それが心配なのかも。学校の友達付き合いで、うまくいかなくて困ったという意味での頭痛いって言葉なのかも。テストを作った先生は、僕や志保みたいな短絡的なバカはこの学校に入れないぞって思って、テストを作る。間違いに食いつきそうな性格悪い問題を作って。学校の先生は性格悪いってことだね」
「……」
「堅ちゃんは勘違いしているかもしれないけれど、国語も化学も同じだよ。式という地図を頼りに答えという目的を目指す。数字や記号で表されているか、言葉で表されているか。ちょっと省略しちゃうけれど、H+H+O⇒H2O。お父さんとお母さんが結婚して堅ちゃん。ね?同じだ。でもお父さんはお母さんと結婚して堅ちゃん。これだと、お父さんが主役っぽく聞こえる。さっきのお父さんとお母さんが結婚して堅ちゃんは堅ちゃんが主役。お父さんがお母さんと結婚して堅ちゃん。これだとお母さんが主役っぽい。問題を作った人の狙いを読めば、釣りあげられないで済むからね」
「でも理科や数学は答えが確定しているけれど、国語や英語って答えが一つじゃないだろ?それが気持ち悪いんだ。社会科だって解釈という点では答えが微妙だと思ってしまうんだ。年表だって時々変わるし」
「算数はね、確かにそうだけれど。数学っていうとそうじゃないよ。確定した答えがあるかないかを探すのが、数学や化学でしょ?堅ちゃんが言っているのは、誰かが理数学で導いた答えを覚えているかを探るテストの話だけれど、それがやりたいんだったら、堅ちゃんは化学なんてやっちゃだめだよ。向いていないってことになる。むしろ国語や英語には答えがある。でも理数系は答えがあるのかどうかを確かめる学問。まずここをわかって欲しいんだ」
「でもやっぱり、違うと思う。意味を持つ記号なんてないだろ?国語には」
光志はニヤッと笑って、紙芝居を一枚めくった。
――
演算子カード(国語)
国語の接続語=意味を動かす演算子
しかし = 反転(−)(直前主張を反転し、新主張に切り替える)
つまり = 等価(=)(前段の要約・再定義)
例えば = 具体化(→)(主張を下位展開)
一方で = 対置(≠)(二系列の比較軸を提示)
だから/したがって = 結論(∴)
――
「接続詞が堅ちゃんが言うところの記号になると思うんだ。要素と要素を記号でつないで式となるのと同じように、言葉と言葉を接続詞でつないで式となる。でも算数の記号より、広い範囲の情報を集めないと答えが導けない。だからよくわからないと思った時には、その接続詞が関係する範囲を広げるんだ。そうすれば堅ちゃんが得意な理化学と同じだと感じるよ」
「でも光志、例えば『給料が安いからこのバイトはやめたい。しかし人間関係が良いからやめたくない』の反転『しかし』と、『今日は暑い中で野球をやった。しかし練習後のコーラは旨い』の『しかし』は、同じ『しかし』なのに意味が違うじゃん」
「10-7=3の『引く』と-10の『マイナス』は、同じ記号でも意味が違うよ。だから国語と同じ。その周辺の情報から、この記号は何を意味するのかを探るでしょ?先生は性格悪いから、微妙に間違えそうな使い方をテストで書いてくると思うんだ。早合点、言葉の取り違え、例外失念、ここら辺が微妙な言葉でね。間違いやすくしてくるけれど、テストである以上確実に引き出せる情報を埋めてあるはずだから、あわてずに範囲を広げて式を読み込んで答えを導くことを忘れないでね」
このような調子で理化学は得意だが国語は苦手だと感じていた堅志に対して、必要な知識は違うが思考は同じであることを伝えていった。そしてその手前としてテストや受験の存在意義も同時に共有した。
光志が一番楽しかったのは、人の役に立っていると感じられることではなく、誰かに教えるとは共有することであり、その際には自分の思考がさらに洗練されたり、場合によっては教えている誰かの発言により自分が更新される点だった。
光志はここでもまた『正しい情報の共有』の際に起こる『人と人との気持ちのぶつかり合い』すらも、正しい価値観を生み出す重要な手順の一つであることを知った。




