貴族に恋されちゃった?と思ったら下心&楽団スカウトでした……チェリストを舐めるな!
貴族の甘い誘いに揺れるチェロ奏者──仲間か、ときめきか。悩めるミアの選択は?
ミアはフルンゼ楽団にチェリストとして所属している。
フルンゼ楽団は、メッツォ国にある平民音楽家で構成された楽団だ。創設者は音楽一家の貴族で、彼らも音楽一家なのもあって楽団員は伸び伸びと演奏させてもらっている。
この楽団は最近、ヘンリー王子の婚約者がこっそり所属していたのもあり、大変、注目を集めていた。
その婚約者の公爵令嬢とチェロ奏者団員は現在、音楽留学してしまったが、話題の楽団として、メッツォでひっぱりだこだ。
今夜も、エルメスト伯爵家という音楽好きな貴族の夜会に呼ばれていた。
「ミアに変な虫がつかないようにオレらで見張っておこうぜ」
ホルン担当でお調子者のクリフが、からかうように楽団員に言う。
「ちょっと!私を子ども扱いしないでよ!」
チェロ奏者のミアは、団員の中でも最年少の14歳だ。14なら子どもじゃない!とミアは思っているが、彼らは楽団に所属した12歳の時から知っているから、こうしていつまでも子ども扱いをしてくる。
「くだらないこと言う暇あるなら、早く練習しようよ!」
ミアはチェロを抱えると、いつものように口を尖らせた。
――演奏会は無事、盛況のうちに終了した。
楽団員のために用意された軽食をつまみながら談笑していると、ミアはエルメスト伯爵家の令息であるカイが声をかけてきた。
「君の演奏、心に沁みたよ。良かったら少し話さない?ボクもチェロをちょっとだけ習っていたんだ」
カイはスラリとした背の高い美少年で、洗練された物腰がいかにも貴族らしい。
思わずミアは目を見開いた。
(素敵な……人ね)
「スイーツは好きかな?あちらにとっておきのケーキがあるよ。一緒に食べよう」
カイが気さくで似たような年齢らしいのもあって、ミアはすぐに了承した。
周りにいたクリフやモーリスたちがピクリと反応したが、彼らを無視する。
――コンパクトな丸テーブルにカイと向き合うとすぐに打ち解けた。
「君はミア、というんだね。ボクより1歳年下か。年齢も近いし、ボクのことは“カイ”って気軽に呼んでよ」
「はい、では私のことはミアと」
「うん、よろしくミア」
カイは緊張する気持ちをほぐすかのように、ミアにクッキーやチョコレートなどたくさんの菓子を勧めてくれた。
「……ねえ、君はフルンゼじゃなくて、ほかの楽団でも活躍できるんじゃないかな?実は我が家でも、デオダ楽団を創設したんだよね。君がうちの楽団に所属してくれたら嬉しいんだけどな」
「私を引き抜きたいってことですか?」
「できれば。あ、でもボクが引き抜きたいと思うのは、君の実力だけではなくて、君がボクの好みなのもあるんだよね……」
カイがミアの手をとった。
(……キザだけど、こんなことを言われたら正直、嬉しい)
ミアの顔が赤くなる。
「あ、あの……」
「照れちゃって可愛いね」
カイは貴族なのもあって、女性に思わせぶりな態度をとるのが常なのかもしれないけれど……と思いながらもミアはときめいた。
「ほ、褒めるのが上手なんですね。でも、フルンゼは私の第二の家みたいな存在であって……」
「すぐにとは言わないよ。ボクとこれからデートするうちに、少しずつ考えてもらえればいいから」
「デート?」
「うん。明日、会わない?」
カイにデートに誘われた。
ちょっと急すぎる、と思いながらも結局、ミアはカイの笑顔にOKしたのだった。
席に戻ったミアに、クリフたちがすぐに話しかけてきた。
「貴族のお坊ちゃまと何を話してきたんだよ?口説かれたか?」
「そんなんじゃないってば」
「オレたちみたいないい兄貴に囲まれて油断してるかもしれないけど、世の中には悪い奴もいるからな」
「ちょっと!あの方に失礼よ」
「あの方って……みんな、心配しているんだよ」
ミアは口うるさい団員たちにプイと横を向いた。
すると、ヴィオラ担当でマドンナであるシャーロットが会話に入ってくる。
「やめなよ。ミアだって恋に憧れる年よ?うるさくいうもんじゃないよ」
「だって、相手はお貴族様だぜ?」
シャーロットの発言に、コントラバス担当のモーリスが反応する。
「うちの団長とレウルスだって貴族じゃない」
レウルスとは、音楽大国トリアに留学したチェリストである。
「団長たちはいい人たちだ。だけど、あのお坊ちゃまは下心がありそうなんだよな」
モーリスが言うと、ミアが怒ったように立ち上がった。
「勝手なこと言わないでよ!そんなの話してみなきゃ分からないじゃん!」
「なんだよ?皆、お前のことを心配して言ってるんじゃないか!」
つられてモーリスも反論する。
彼らのやりとりをみていたシャーロットがミアに言った。
「ミア、みんながうるさく言うのはアンタが大切だから。あの坊ちゃんと話すのは構わないけれど、どんな人かきちんと見極めなくてはダメよ。後悔しても遅いんだから」
「わかってる、シャーロット姐さん」
尊敬する姉貴分のシャーロットには素直に返事をしたミアだった。
――翌日になり、ミアは待ち合わせした街の広場でカイを待っていた。
(本当に来るのかな……)
約束した時刻より早くついてしまって不安になっていると、ミアの前で馬車が停まった。中からカイが降りてきた。
「ミア、来てくれたんだね。待たせたかな?」
「い、いいえ」
「ならよかった。あちらのカフェに入ろうか」
今日も貴族らしい上質なシャツにベストとジャケットといういで立ちの彼に、ミアは自分の着てきたワンピースを見て複雑な気持ちになった。
(とっておきの服を着て来たんだけどな……)
でも、カイはそんなことは気にする気配もなく、にこやかに話し出した。
「……ボク、やっぱり思うんだ。才能ある人は、もっと価値のある楽団に所属するべきだって。デオダは新しい楽団だけど、選ばれた演奏家を集めている。言っては悪いけれど、君はフルンゼにいるべきじゃないよ。うちの方が、条件がいいしさ」
「条件ですか?」
「うん。フルンゼじゃ、まともにお金を稼げないだろう?デオダにくればもっといい生活ができるよ。ボクは君に少しでもいい生活をしてほしい」
「私のことを気にしてくれるのは嬉しいです。……でも、昨晩も言いましたけど、私はフルンゼには恩義があって」
「何が一番大事か考えてよ。君は音楽家として成功したいんじゃない?それにはお金だって必要なはずだよ?だって、君は貴族じゃないんだ。平民が、貴族に認められるチャンスを棒に振っちゃいけないよ」
(……あ、この人は私のことを見下しているんだ)
フワフワしていた気持ちが急激に冷めていった。彼は優しそうだけど、貴族と平民の境界線をキッチリ分けている人だった。
「……ごちそうさまでした。私、そろそろ練習があるので行きますね」
どうにか笑顔を作りながらミアは立ち上がると言った。
「おい、待ってくれよ!ボクの話は終わってない。ボクの好意を無下にするの?ボクと君がもっと仲良くなれる機会でもあるんだよ!ボクのこと、なんとも思ってないの?」
カイは、身を乗り出した。その仕草は優雅で声のトーンも穏やかだったが、どこか自分が受け入れられて当然だといわんばかりだ。
「君は貴族のボクから誘われて戸惑っているんだろう?大丈夫、警戒しなくていいから」
カイは、ミアの腕にそっと手を添えた。彼の中ではすでに“親密な関係”が始まっているかのような空気が漂ってくる。鳥肌が立ちそうになった。
(……ステキな男性だと思ったのに、こんなポンコツな奴だったなんて)
「カイ様。気にかけて頂きましてありがとうございます。でも、お貴族様の時間を無駄にしてはなりませんから平民は失礼いたしますね」
カイは、ミアの言葉に一瞬きょとんとした顔を見せた。 その表情は、まるで“自分が断られるはずがない”とでも言っているようだ。
カイは、ミアの背中が見えなくなるまで その場に立ち尽くしていた。
ミアは、そのままフルンゼまで一直線に走った。
フルンゼの練習場に来る頃には息が上がっていた。練習場の扉をノックする。
皆、まだ仕事が終わっていないからか、誰もまだいないみたいだ。
「ミア?どうした息を切らして」
声を掛けてきたのは練習場の鍵を持ってやってきたモーリスだった。
「早く練習をやりたいと思って来たの」
「ふうん?オレも仕事が早く終わって丁度良かったよ」
モーリスは練習場近くにある肉屋の息子だ。仕事を終えると、こうして練習にやってくる。ほかの皆もそうだった。平民である彼らは働きながら音楽活動を続けている。
鍵が開くと練習場に入った。
「これ、飲めよ。ノド乾いてるだろ?」
モーリスが渡してくれたのは冷えたお茶だった。
「それ、自分で飲もうと思って持ってきたんでしょ?」
「ミアの方が必要そうだ。最年少の団員を思いやるのは当たり前だろ?」
「そうやって、また私を小さい子扱いする」
「……そうだな。いつまでもミアを小さい子扱いしちゃいけないよな。ミアはもう立派なレディだ。貴族のお坊ちゃまに気に入られるぐらいだしな」
モーリスに言われてミアは目をパチクリさせた。
「急にそんなこと言われると調子が狂う」
「おお、狂ってくれよ。オレのことをたまにはカッコイイ兄ちゃんだと感じてくれ」
「……モーリスは私より2歳年上なだけじゃん。兄ちゃんて感じじゃない。友達っていうか、仲間っていうか……なんて言うのが正しいかわからないけれど、別のもの」
「別のもの……?ミアはオレのことを兄ちゃんだとは思わないのか?」
「そうだって言ったでしょう」
ミアの言葉を聞いて、モーリスは感激したように手を握りしめた。
「オレ、ミアにそんなこと言われたら嬉しいよ。……だって、みんなでミアはフルンゼの姫だから。誰も手を出したらダメだぞって言い合ってる」
「え?」
ミアは団員たちがそんな話をしているとは思わず驚いた。
「それってどういう……」
「だからそれは、オレはミアのことが……」
そこに、扉が勢いよく開いた。
シャーロットとブラッドだ。
「あらあら~、練習もしないで2人で向かい合ってどうしたの?」
「コッソリ愛でも育んでたんじゃないだろうな~?」
ブラッドは機嫌良さそうに言う。そんな彼はシャーロットのやたらと近くに寄り添っていた。
「そ、そっちこそ。なんだか距離が近くないか?」
「オレ、シャーロットとお茶してきたんだよ。美味しかったよね?」
「ええ。ありがとうね、ブラッド」
ウィンクされたブラッドは頬が赤くなった。
なんとなく甘酸っぱい雰囲気が広がる。
ミアはチェロの弓を握り直した。
(……やっぱり、このフルンゼが一番落ち着くわ。どうやら、私のことを本気で心配してくれる人もいるみたいだしね)
今日も音を奏でる。仲間たちと共に。ミアは弓を構え直すと、深く息を吸った。この温かい空間で、今日もまた音楽が生まれていく。
それぞれが抱える想いを胸に、彼らの物語は静かに紡がれ続けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
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