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下町宿場の占い師さん~異世界の占い師は、やがて世界を救う~  作者: もなかしょこら
アロマティア領編

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第七十五話「アロマティア変革記」


 それは、春風が少し湿り気を帯び始めた頃のことだった。


「川の流れが変わって、田の水が引かなくなったんだと」

 街医者がぽつりとこぼす声に、風見草亭の常連たちの表情が曇った。


 上流で岩崩れが起き、川筋が歪んだ。

 そのせいで漁場のひとつは泥を含み、北の小道沿いでは、湿地がじわじわと拡がっていた。


「……“縫える子”たちに頼めるかもしれません」

 しらたまは、タロットをひとつめくり、やわらかく微笑んだ。

 ──《節制》、流れを整える静かな力。


 集まったのは、かつて“魔物憑き”と呼ばれた少年少女たちだった。


「僕、まだ上手くできるかわかんないけど……」

「大丈夫。土と話せるあなただから、できることがあるのよ」


 しらたまは、手をそっと伸ばす。

 指先から香が流れ、少年の背を優しく押す風が生まれた。



 作業の日、湿地に足を取られながらも、彼らは“縫う”力を発揮した。


 土が静かに盛り上がり、川筋が整えられていく。

 リズムのような沈黙のなかで、誰もが祈るように見守っていた。


「……うん。大丈夫、ちゃんと……土が、つながった」


 彼の声に、安堵が広がった。



 その帰り道、しらたまは小さな布に刺繍をしていた。


「この“縫い目”も、きっと風景の一部になるよ」

「なんだか、花の結びの札みたい」


 少女のひとりがそう言って微笑む。



 アロマティアの川は静かに流れを取り戻し、

 ひとつの“縫い目”が、街の大きな景色となって広がっていった。



 * * *



 春の夕暮れ。アロマティア旧市街の広場に、ひとつの静かな火が灯された。

 香炉の中で、青香木と銀葉草がふわりとくゆる。


「街を包む香よ。波立つ心を穏やかに、そしてまっすぐに」


 しらたまの声が、祭祀のように広場へ染み渡っていく。


 この日――かつてドルク伯爵に近しかった古株の商人が、

 「今の支配者は信用できない」などと、酒場で噂を流していた。


 言葉は波のように街へ広がり、

 人々の心にざらついた影を落としていた。


「……心の波がざわついている」


 それに気づいたのは、占いよりも早かった。


「ならば、街そのものを“祓い清める”香を使いましょう」


 しらたまは祈りの香を調合し、広場での“浄めの香宴こうえん”を提案した。

 そこには、クラリッサの茶席も添えられた。


「香と茶と、祈りと風。アロマティアに流れるものは、すべてを包んでいけるのよ」


 護衛長グレアムは背後で控え、

 密かにその商人と接触していた裏の一団を押さえる準備を整えていた。


 火は静かに燃え、香は風と共に街をめぐる。


 人々は、しらたまが持つ“祈りの力”をただの儀式とは思わず、

 そこに宿る意志を感じ取っていた。


「香って、見えないけど……ちゃんと届いてるのね」


 ひとりの少女が、香炉の煙を見つめながらつぶやいた。

 そしてその夜、誰ひとりとして、噂を口にする者はいなかった。



 * * *



 木漏れ日がゆれる午後、広場の一角に、

 色とりどりの布と紙が並べられていた。

 子どもたちが小さな手で香包みを結び、

 しらたまがその様子を微笑ましく見守っている。


「これ、あたしの“願い風”。大事な人に届くといいなぁ」


 風に揺れる香包みは、小さな布に花びらと香草を包んだもの。

 “風まつり”と呼ばれた古い祭りが、子どもたちの手でゆっくりとよみがえろうとしていた。


「ねぇ、しらたまさん。昔の“恵みの灯”って、ほんとうに灯りを風に乗せたの?」

「うん。記録にはそう書いてあったよ。香りと灯りで、豊穣を祈る祭りだったみたい」

「でも、灯りって風に弱くない?」

「……だからこそ、灯りを絶やさないようにするっていう、祈りの意味が込められてたんだよ」


 言葉に耳を傾けていたクラリッサが、手元の絵札をひとつ裏返す。

「古い習わしって、形をそのまま残すことよりも……

“何を願っていたか”を思い出すことが大事なのよ」


 子どもたちは目を輝かせながら、焚き香を囲んで祈りの言葉を紡いだ。


 やがて一人の老婦人が、ぽつりと漏らす。

「昔、この街には“開かずの神殿”があったんだよ。あの祈りの道が通じていた先に……」


「開かずの神殿……?」


 その名が広場に落ちた瞬間、まるで風がざわめいたようだった。


 しらたまのカードが一枚、ふと裏返る――

 描かれていたのは《封印》の文字と、鍵をくわえた金の鳥。


 香と祈り。

 子どもたちの手で再び繋がれた風習の裏に、

 街に眠る新たな謎が、そっと顔をのぞかせていた。



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