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下町宿場の占い師さん~異世界の占い師は、やがて世界を救う~  作者: もなかしょこら
アロマティア領編

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第七十四話「アロマティア直轄領改革史」


 春の陽が穏やかに差し込む午後、

 アロマティア支部の中庭には街の代表者たちが集まっていた。


 木製の長机を囲んで座るのは、建設地区の職人頭、川辺の代表、

 旧市街の老婆たち、風車の輪の幹部、そして仮住まい中の若い冒険者夫婦。


「まずは皆さん、集まってくださって感謝します」


 ヴァルターは立ち上がり、丁寧に一礼した。


「現在、アロマティアでは流入者の増加により、住宅と土地の需要が急増しています。

特に、仮住まいの方々や、建設が追いつかないことによる住民間の不安……

これを解決するため、今日は皆さんのお声を伺いたい」


 ルーベンは横で筆を走らせ、記録を取っている。

 環はすでに職人頭と図面を広げて、作業の段取りについて話していた。


 しらたまは静かに香を焚きながら、カードを撫でている。


「……風が、少し乱れているみたい。けれど、祈りはちゃんと届いてる。

声を聞いてほしいという想いが強いわ」


「まったくその通りだよ」と、川辺地区の代表が手を挙げた。

「仮住まいの人たちも悪い人じゃない。

ただ、子どもや年寄りが安心して暮らせる場所が欲しい。それだけなんだ」


「けど、建設地区を拡張するには、畑を削らなきゃならん。今だって食糧はギリギリだ」

 農耕地区の職人が低く唸る。


「だったら、川辺の湿地帯を造成する案はどうです?

元々治安が悪かったけど、今は《風車の輪》が見張ってるし、地盤も調べてある」

 ルーベンが資料を広げて補足した。


「確かに……あそこなら、道さえ通せば居住区として再編できるかもしれん」

 職人頭が頷き始める。


 環が立ち上がり、大きな声で言った。

「任せてくれ! あそこの整備なら、俺のチームで引き受ける。

橋も作るし、家も建てる。ひとつずつ、丁寧にな」


 会議の空気が少し柔らかくなった。


 しらたまが最後に口を開く。

「風は、変わろうとしてる。住む場所も、想いも、

全部を一緒に支えるために……一度、共に祈りませんか?」


 彼女の言葉に、全員が静かに頷いた。


 ヴァルターは深く息を吸い込み、立ち上がる。

「アロマティアは、誰か一人の街じゃない。だから、皆でこの“風の街”を作っていこう」


 その日、街民たちによる“風の誓い”が生まれた。

 土地を巡る争いではなく、分かち合うための祈りとして。


 ルーベンの記録は、後に『アロマティア共生協定草案』と名付けられ、

 支部の壁に掲示されることになる。



 * * *


 明るい黄色の華やかなハンカチ花が飾られた茶会の会場には、

 笑顔と不安の混じった鳥言が飛び交っていた。


「もともとここらの人間さんは、『花の結びの65日』ってのを大切にしてたんですわ。

その日だけは、なんともありません。小さい手紙を結んで、『絵札』を作りましてね。

印のある首組をお手前に、雪粉のように散らして見送るの。」


 絞り衣のすそを揺らせながら説明するのは、クラリッサ。


「しかし、元々その65日の日々は、私たちの城の方では

『春の香茶祭』として新茶の香りを楽しむ祭りでした。

節会は任意ですが、この地ではやりすぎると怒られちゃうかもって。」


 清捷な衣装の他地区の娘達が、

 怒りと繁鬱なクラリッサの話を聞きながら香茶の杯を持った。


「でも、結ぶってわるいことじゃないわね。

ここに集まったのも、絵札も、香茶も、みんな『結び』の形だもの。」

「みんなの話を聞きましょうよ。ひとつづつ、絵札をカードのようにめくって。

そして、ここで絵札を集めるための小さな目録を、数種つくってみましょう。」


 クラリッサのまるで思い出を歌うような言葉に、

 地元も異地も分けられることなく、会場は笑顔と香茶の香りで満ちていった。


「こんなやり方も、あっていいよね。」


 絵札を腕に組みながら、小さな孩がそっとささやいた。



 * * *



 ある午後、アロマティアの市場通りにて、突然――。


「きゃっ! 煙がっ……!」「火だ! 火が出てるぞ!」


 青白い煙が立ち昇るのは、民家の軒先。

 新しく移住してきた商人が、王都式の簡易暖炉魔道具を試していたところ、

 魔力漏れによる小規模な発火を起こしたのだった。


「消火結界、発動!《水結界・範囲制》!」


 即座に駆けつけたのは、ルーベンだった。

 彼が指輪に魔力を込めると、周囲に淡い水の膜が広がり、炎は瞬く間に鎮まった。


「……火の魔石を“未調整”のまま使ったんだな。

王都では普及してても、この土地の気候や風圧を考慮してないと、こうなる」


 現場を見つめる彼の眼差しは鋭く、どこか静かだった。



 数日後。支部の一室では、

 ルーベンが開いた「魔道具講習会」に数十人の住民が集まっていた。


「魔道具は便利だけど、“使う人間の魔力と土地の性質”に合わせて調整しないと、ただの危険物になる」

 黒板の前で語るルーベンは、錬金術師としての顔を見せていた。


「それを防ぐには、《祈り香》や《香炉制御》による魔力の安定が有効だ。

アロマティアの“風”を活かすやり方だよ」


彼はしらたまの使っている香炉や、風の流れを読む結界技術を応用し、

誰でも安全に使える魔道具設計を提案した。



講習のあと、広場のベンチでヴァルターが微笑む。


「魔道具管理までこなすとは、すごいなルーベン。

……もう、うちの文官にでもなるかい?」


「あいにくだけど、僕は“本と研究と君たち”がいれば充分だよ」と苦笑するルーベン。

「けど、こうして役に立てるのは、悪くないかもな」


夕暮れの風が香の煙を運び、街の空にやさしく溶けていく。

アロマティアはまた一つ、“風”のある街として成長していったのだった。



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