閑話「風見塔が建つ日」
風を読む塔は、真っ先に建てられた。
まだ宿の建物は骨組みのまま、街道沿いも道半ば。
それでも、一番高く、一番早く、風見塔だけは丘の上に立った。
「まず風を見せろ」
そう言ったのは、建設責任者の老職人だった。
「この宿が“通り道”だってことを、空に向けて示してやるのさ」
木枠に鉄芯を通し、鳩目を回し、最後に塔のてっぺんに据えられたのは――
青銅で作られた小さな風見鳥。
羽を広げたその姿が、くるりと東を向いた瞬間、丘に風が吹き抜けた。
「いい風だ」
誰かがつぶやき、拍手の代わりに小さな鐘を鳴らした。
その鐘は仮設だった。塔に取りつけられたものではなく、工事用の作業鐘。
けれど、それでも音は高く澄んで、遠くまで響いた。
──その音に、ひとりの旅人が足を止めた。
リスニア街道を南から歩いてきた商人風の男は、
手にした旅袋を下ろし、まだ未完成の街の丘を見上げた。
「なんだ、もう宿かと思ったが……まだ途中か。けど、悪くねぇな」
振り返ると、彼の少し後ろにいた旅の踊り子風の女が笑った。
「こんな場所で、休むつもりだったの?」
「いや……なんとなく、鐘が聞こえたからな」
二人はしばらく塔を見上げ、
そして、まるで合図のように口を揃えた。
「ここで待ち合わせしよう」
いつになるかはわからない。
それでも、そう言って旅を続ける者がいる場所には、
もう“街”の種が撒かれていたのだ。
──それは建築の記録に残らぬ、風と音の約束。
未完成の街が初めて、人と人の“約束の場”になった日の出来事である。




