第六十二話「お茶会と試練と」
春の訪れを告げる柔らかな陽射しの下、
王城の小庭に設えられた花のサロンでは、
しらたま、ヴァルター、ソレイユ王女の三人が、
彩り豊かな茶菓子と共に和やかなお茶会を楽しんでいた。
「ほんっとに、しらたまちゃんってば可愛いのよねぇ〜。その笑顔、国の宝だわぁ」
と、茶目っ気たっぷりに笑うソレイユ王女。
しかしその瞳の奥には、鋭い観察の色が宿っている。
ふわりと香る春の風と共に、しらたまの焚いた香が庭に広がると、王女は静かに杯を置いた。
「……しらたまちゃんの祈りの力は間違いなく本物よ」
その声は、先ほどまでの軽やかな調子から一転して、王女としての威厳を帯びていた。
花まつりを目前に控えた王都には、
帝国ロザリアやバオリナ共和国といった諸外国の使節団も到着し始めている。
その中で、しらたまの存在がどのように映るのか──
ソレイユ王女は、さりげなく問いを投げかけ、応答と態度を観察していた。
ヴァルターはその空気を察し、しらたまの隣で静かに見守るだけに徹している。
「わたし……そんな大それたことはできないですけど……でも、祈ることは、できます」
しらたまの答えに、ソレイユはふわっと微笑んだ。
「うん、それで十分よ。あ、でもねぇ……」
声色がまた弾む。
「実は今日の本題、もうひとつあるの。
しらたまちゃん、今年の花まつり、本祭の“祈願役”やってみない?」
「えっ……わたしが、ですか?」
驚くしらたまに、ソレイユは続けた。
「形式上はね、名誉ある“香と花の儀式”の演者。でも本当は……」
王女は少し視線を外し、そして王族らしい口調で言った。
「この王都に、“白の聖女”として貴女がどこまで公に受け入れられるか──
その反応を、確かめさせていただく必要があるのです」
「……つまり、試されてるってことだ」
ヴァルターが口を開く。彼の表情にはわずかな険しさが浮かんでいた。
「王女殿下。今はまだ危険が潜んでいます。バオリナ共和国の件も……」
「わかってる。でも、だからこそ“平和の象徴”を立てる必要があるの」
そうきっぱりと語るソレイユの瞳は、未来を見据えていた。
しらたまは俯いたまま、しばらく考え込んだ。
そして、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「……わたし、やります。誰かの心に祈りが届くのなら……」
ヴァルターは驚いたように目を見開く。
「しらたま……」
「大丈夫です。ヴァルター卿がいてくれるなら」
そう言って笑った彼女に、ヴァルターは苦笑しながらも、小さく息をついた。
「まったく……君は、本当に風のような人だ」
ソレイユはそんなふたりを見ながら、王女然とした口調で言う。
「では、祈りを風に乗せる儀を、あなたに託します。
どうか、美しく香り高き春を──この国に届けてちょうだい」
庭に咲く桜が、風に舞ってひとひら落ちる。
それは、花まつりという名の試練の幕開けでもあった。
お茶会の席がゆるやかに終わりへ向かうころ、
王女ソレイユはふと立ち上がり、しらたまに向き直った。
「ねえ、しらたまちゃん。……ちょっとだけ、いい?」
控室へと場所を移したふたり。ヴァルターは外で待機し、
室内にはほんのりと焚かれた香の残り香が漂っていた。
ソレイユは金の髪をひとつ撫でてから、落ち着いた声で言う。
「最近ね、夢の中で……誰かの声が聞こえるの」
「声……ですか?」
「うん。囁くような、でもはっきりとした声。
最初は気のせいかと思ってたけど……続いているの」
言葉を選ぶように、ソレイユはしらたまをまっすぐに見た。
「“風の香りの向こうに、祈りがある”──そんなことを言われた気がして」
しらたまはハッとし、心の中で思う。
(……それって、フィオル様……?)
しかし即答はせず、しらたまは少し考えたあと、柔らかく微笑んだ。
「もしかしたら、それは……王女様が今、何かに向き合おうとしているからかもしれません」
「……何かに?」
「誰かを想って祈る時、風は必ず届くって、わたしは信じてます。
だから、その声も、王女様の心が引き寄せた“導き”なのかもしれません」
ソレイユは少し目を丸くしてから、ふっと笑みをこぼした。
「しらたまちゃんって、不思議ね。話してると、心の奥の霧が晴れてく気がするわ」
「そんな……わたしは、ただ……」
「だからこそ、きっと、貴女が“白の聖女”なんだわ」
穏やかな時間が流れる。
やがて控室を出てきたふたりに、ヴァルターが声をかける。
「おかえり。……話は終わったかい?」
「うんっ」としらたまが笑い、ソレイユも軽やかに手を振った。
「じゃあ、また花まつりでね、しらたまちゃん♪」
そう言って、ソレイユは城の奥へと戻っていく。
そして帰りの馬車の中、しらたまは少し背筋を伸ばしていた。
「……大役、だね。うん。でも、大丈夫」
と、しらたまは自分に言い聞かせるように呟いた。
その隣で、ヴァルターは静かに目を伏せ、小さくつぶやく。
「花まつり、か……」
外の風が、すこしだけ強く吹いた。
春の陽が沈む王都の空に、祭りの幕が、静かに上がろうとしていた。




