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下町宿場の占い師さん~異世界の占い師は、やがて世界を救う~  作者: もなかしょこら
風祝の少女編

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第五十七話「凶兆と祈りの風」


 王城の夜は、まるで水に沈んだように静かだった。


 ヴァルター、ルーベン、環、そして兵士二名が少人数で

 “許可付き”の特別調査班として宮の奥へと通された。


「こちらです。……“先代王妃の祈りの宮”」

 護衛の兵が静かに扉を開けた。


 そこは、白い大理石の床と、古代文字の浮き彫りが刻まれた柱に囲まれた神聖な空間。

 天井には月の女神を象ったステンドグラスがはめ込まれており、微かな光が射していた。


 ……だが。


「……なんだ、この空気」

 環が眉をひそめる。

「まるで風が、ここだけ止まってる」


 ヴァルターはそっと手を広げ、風の流れを感じ取ろうとする。

「……流れが、曲がってる。まるでこの場所だけ、外と断絶してるような……」


 ルーベンが香感知石を掲げた瞬間、それは微かに震えた。

「……星灰だ。ごく少量、でも確かに反応がある」


「なんでこんな場所に……?」

 環が問う。


「……“祈り”を穢すためだろうね」

 ヴァルターの声が低くなる。


「この場所は、本来“国を守る祈りの結節点”だった。

ここを蝕めば、信仰ごと王家の力を削げる。……それを知っている者の仕業だ」


 そのとき、微かな音が床の下から響いた。


 ――コッ……コココ……


「下に、何かいる?」

 環が警戒を強める。


 ルーベンが床に手を当てて言った。

「……魔力の回路がねじれてる。通常の“導光回路”じゃない。

これは……誰かが魔術式を“重ねて”干渉してる」


 ヴァルターが剣の柄に手をかける。

「……罠だ。逃げるぞ――!」


 その瞬間、扉が背後から閉まった。


 白の石壁に描かれていた模様が青黒く光り出し、

 “祈りの宮”全体が低く唸るように振動を始めた。


「魔術結界……!」ルーベンが叫ぶ。

「香で紋を封じたやつだ!地面に直接描かれてる!」


「出られるのか!?」環が叫ぶ。


「突破できる!でも時間がかかる!」

 ヴァルターは剣を抜いた。

 その剣が風を裂き、周囲の魔力の流れを切り開こうとする。

「こじ開けるしかない……!」


 そのとき――


 しらたまの胸元の香炉がふっと鳴った。

 目を覚ましたしらたまが、カードに手を伸ばす。

 そして《星》のカードが一枚、するりと抜けた。


「……ヴァルター、無事でいて……風よ、届けて」


 その祈りが――わずかに、王城の空気を揺らした。

 魔術結界に小さなひびが走る。


「いま……何か届いた……!風が……通った!」

 ヴァルターが叫ぶ。


 仲間の祈りが、風を導く。

 その一瞬の“祈りの突破”が、彼らを救うかもしれなかった。


 “祈りの宮”の壁が脈動していた。

 ルーベンの手元の香感知石は真っ赤に点滅し、

 地下に仕込まれた“何か”がいよいよ臨界に達しつつあることを告げていた。


「まずい……この結界、封じじゃない。時間差起動式の“閉鎖誘爆型”だ!」

「つまり……」

「地下の導菅から吸い上げた魔力をこの場に集中させてる。

このままじゃ――爆発する」


 ヴァルターの目が鋭く光る。

「水脈の流れと魔力の導線が交差しているこの祈りの宮……

 爆破すれば、王都の“基盤”が壊れる。街の信仰も、構造も、全部」


「……国を“根っこ”から壊す気かよ」

 環の声が怒りに震える。


「罠の起動式は床下だ。アクセスはできるか?」

 ヴァルターが剣を握り直しながら問う。


「回路の端末に干渉できれば、爆破規模を抑えられるはず。でも時間はない!」

 ルーベンは既に地面に座り込み、魔術式を走査し始めていた。


 そのときだった。

 床の奥から、微かに、だが確かに赤い魔力光が走った。


「起動が始まった! あと十数秒!」


 ヴァルターが剣を振り抜く。

 風の刃が地下の封鎖管を切り裂き、

 一部の魔力圧が抜けた瞬間――


 ルーベンが叫んだ。

「今!!外側に全出力で干渉する!援護頼む!!」


「《風よ――境を裂け》!!」

 ヴァルターの魔力が、剣から風の矢のように放たれる。

 ルーベンの術式がそれを受け止め、拡散させるように放射する。


 結界の壁にひびが走った。


「出口開くぞ!!」


 激しい振動の中、三人は壁の裂け目から外へと飛び出した。


 その直後――轟音。

 “祈りの宮”の中から、火柱のような爆炎が吹き上がった。


 爆発そのものは小規模に抑えられたが、

 王都全域の導菅網には一瞬の“反転衝撃”が走った。


 彼らが外の回廊に飛び出した瞬間、背後から黒煙と共に倒壊音が響いた。


「ッ……!」

 ヴァルターが振り返る。

 “宮”の内装の一部が焼け落ち、崩れ始めていた。


「防ぎきれなかった……でも、これで済んだのは奇跡だ」

 ルーベンがよろよろと立ち上がる。

「本来なら、ここにいた俺たちも、王都の魔導管制網も全部吹き飛んでた。

誰かが……風を通してくれた」


 ヴァルターは目を細めた。


 (……しらたま。君の祈り、届いたよ)


 王都の基盤が傷ついた。

 でも、その“風”が――国を守った。

 国を揺るがす大事件は、ひとまずの終息を迎えた。


 導菅爆破未遂事件の実行犯として、一人の獣人が逮捕され、

 王家は「特定個人の暴走による事件」として処理を発表。

 使節団は、事件への関与を最後まで否定したという。


「仲間を生贄にして、自分たちは逃げたのかよ……」

 環の声には怒りと呆れが滲んでいた。


「なんて奴らだ。……しかも星灰を、なんの説明もなしに持ち込んでいたなんてな」

 ルーベンも眉間に皺を寄せた。


 ヴァルターは静かに言葉を継ぐ。

「最後まで、“祈りの国”を装っていた。

けれど……あの国は、何か大きなものを背負っている。星灰の存在も含めてね」


 リース家の王都屋敷に、ようやく落ち着いた空気が戻っていた。


 しらたまは、みんなの顔を見回して、小さく笑った。

 「でも……みんなが無事に帰ってこられて、よかったよ……」


 その声に、ヴァルターがふっと微笑む。

「危機に陥った時、風が届いた。君のおかげだよ、しらたま」


「さすが俺の妹だな!」と環が胸を張る。

「それ関係ないだろ」とルーベンが即座にツッコミを入れる。


「でも……」としらたまが少しだけ俯いた。


 その目を見て、ヴァルターもまた目を伏せて言った。

「ああ……風はまだ、凪いだまま。

あいつらは諦めちゃいない。むしろ、次が本番かもしれない」


「あとあの……むっつりピアスの奴も片付いてないしな」

 環の発言に、ルーベンが半眼でため息をつく。

「……ローレルのことか?」

「そんな名前だった気がする!」

「気がするって……」


 ふっと笑いが生まれたが、それもすぐに引き締まる。


「そうだね。脅威はなにも終わってない。

今後は、もっと危険が近づいてくるだろう」


 ヴァルターはまっすぐにしらたまを見る。

「でも、安心して。僕らが――必ず君を守るから」


 しらたまは、少し目を潤ませながら、はっきりと頷いた。

「……うん!」


 ──そして、同じころ。


 王都を離れた港。

 薄霧に包まれる中、黒塗りの使節船が静かに海を進んでいた。


 船室の奥。


「……うまくはいかなかったな」

「次こそは、必ずや……」

「姫様のためにも。計画は継続する」


 暗がりの中で、老いた山羊の獣人が、ひときわ深く頷いた。

「次こそ……落としてみせるぞ、ポリャンナ……!」


 その目には、祈りではない。

 狂気と、執念と、怨念が、焔のように宿っていた。


 風は、また動き出そうとしていた。


 それは――新たな嵐の兆しだった。



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