第五十三話「夢、祈りを越えて」
白と金の大理石が敷き詰められた謁見の間。
高天井から垂れる天蓋の奥、ポリャンナ王国・リュシアン王が静かに座していた。
しらたまたち四人は、膝をついてその前に並ぶ。
謁見は静かに始まった。
「此度の件、すでに聞き及んでいるとは思うが……改めて説明しよう」
重々しい王の声に続き、一歩前に出たのは王の側近。
「一昨日未明、王城内に何者かが侵入を試みました。
衛兵が気配に気づき追撃しましたが、逃げられ、捕獲には至りませんでした」
場の空気が揺れる。
しらたまたちは顔を見合わせ、息を呑んだ。
「そして昨日の爆破事件……」
リュシアン王が再び口を開く。
「この二つの事件を、我々は偶然とは考えていない」
その瞳は静かに、そして確信を持って語る。
「これは明らかに、我ら王家――そして“白の聖女”を狙ったテロだ」
言葉が落ちた瞬間、謁見の間に冷たい緊張が走った。
しらたまの肩が小さく震える。
ヴァルターが一歩前に出て、頭を垂れた。
「王よ、此度の件、いかがいたしましょうか」
リュシアン王は静かに頷き、隣に控える宰相に視線を向けた。
宰相が一歩前へ進み、宣言する。
「君らには、王命として護衛兵をつける。
リース家周辺にも王城警備隊を派遣し、警戒を強化する。
しらたま殿の安全は、国の信義そのものである」
その言葉に、しらたまは目を見開いた。
自身の存在が、今や国の中枢に“守るべき祈り”として刻まれたことを、
この場で初めて実感する。
ヴァルターは頭を下げた。
「……感謝いたします」
謁見が終わり、玉座の間を後にした四人。
扉の外で、しらたまはそっと息を吐いた。
「……わたし、本当に……“狙われてる”んだね」
「でも、同時に“守られている”ことも忘れないで」
ヴァルターの言葉に、しらたまは小さく頷く。
王都を出る馬車の車輪が、石畳を打つ。
普段よりずっと多い騎馬の足音が、それに重なる。
町を抜け、郊外の道に出ても、護衛の兵たちはぴたりと馬車を囲んでいた。
その光景を見て、環がぽつりと呟く。
「……蹄の音、多いな。……でも、不思議と安心する」
ルーベンが微笑む。
「国が、本気で動いてる証拠だな」
しらたまは、窓の外を見た。
遠くに広がる王都の風景。
そこに、確かに祈りと信頼の風が流れていた。
“わたしは、守られている。
でも同時に、祈る者として、この風の中に在ることを選ばれている――”
その夜、リース邸に戻った彼女を、
王都の光と風の香りが静かに迎えていた。
全てが静まる深夜。
王都の空は澄んでいて、星がまるで言葉を交わすように瞬いていた。
しらたまは、布団の中で目を閉じていた。
けれど、胸の奥が、妙にざわついていた。
(守ってもらうって、こんなに心細いんだろうか……)
誰かが常に傍にいてくれるのに、祈っているのに、
どこか、“風が足りない”気がしていた。
そのときだった。
ふっと、空気がゆるむ。
まどろみの中で、世界の輪郭が溶けていく。
夢の中。
真っ白な空間に、星のきらめきが散らばる。
まるで天幕の下の劇場のような場所で、彼女は立っていた。
そして──
「はーあい☆ みんな大好き、フィオルだよぉ☆」
ぱっと舞台のように光が弾けた瞬間、あの軽やかな声が降ってきた。
現れたのは、まばゆい金の刺繍をあしらったマントを翻す、
どこか性別も年齢も定まらない、星のような存在。
しらたまは、思わず目を丸くした。
「……フィオル、さま……!」
彼女の呼びかけに、神はにっこりと微笑む。
「うんうん、ちゃんと覚えててくれてえらいっ☆
今日はねぇ、ちょーっとだけ“特別授業”しに来たんだよ」
「……授業……?」
「うん。だってさぁ、君、もう“守られるだけ”の祈りじゃないでしょ?」
フィオルの笑みが、ふっと深まる。
「“信じられている祈り”にはね、責任が生まれるの。
だから君には――ひとつ、選んでもらうよ☆」
しらたまは、わずかに息を呑む。
「選ぶ……?」
フィオルは両手を広げて、背後に星々の光を投影する。
「この先、“祈りを運ぶ風”になるか、“祈りを守る焔”になるか。
君は“灯し続ける者”として、もう次の段階に入ってるの。
どっちにするか、ちゃんと心に聞いてごらん?」
その声は明るくて、でも真剣だった。
「……君が何者になるかは、君が決めていい。
でもね、忘れないで。“神ですら、君の祈りは勝手に変えられない”んだから☆」
しらたまの足元に、風の羽根と焔の雫がふたつ、静かに現れる。
それは、祈りの行き先を選ぶ、魂の分かれ道。
風の羽根と、焔の雫。
どちらも小さく、けれど確かな存在感を持って、しらたまの足元に浮かんでいた。
しらたまは、そっと手を伸ばす。
ためらうように、けれど確かに。
選んだのは――
ふわりと揺れる、ひとひらの羽根だった。
光を帯びたそれは、まるで祈りの残り香のように温かく、
手のひらに乗せた瞬間、優しい風が身体を包んだ。
「……わたしは……風でありたい。
誰かの願いに触れて、届ける存在でありたいんです……」
その言葉に、フィオルはふにゃっと笑った。
「そっかぁ~、やっぱり君はそう来ると思ってた~!
いいねいいね、やさしい風! ちゃんと運んで、ちゃんと守って、でも“自分”も忘れないこと!」
しらたまは、目を閉じて頷いた。
風は、見えないけれど確かにそこにある。
寄り添い、包み、祈りを運ぶ。
それは、ただ“在る”だけで、人を癒すもの。
「うん、君の選んだ風、ちゃーんとこの世界に記録したから☆」
フィオルは、背後に星の筆を走らせながらウィンクする。
「でもねぇ、これからは“風を乱す者”がもっと増えてくるよ。
君の風がかき消されそうになることも、あるかもね」
「……それでも、風でいたいです」
しらたまの言葉に、フィオルは満足げに頷いた。
「よっし、それならご褒美だーっ☆」
ぴしゅん、と指を鳴らすと、しらたまの胸元の香炉が光を帯びた。
「その香炉には、君の選んだ“風”の加護が宿った。
危ないとき、“君の祈り”が風となって、守ってくれるからね」
その言葉が落ちた瞬間――世界が光に包まれる。
「じゃあね、風のしらたまちゃん☆
また“風の音が変わるとき”に会いにくるから♪」
光が弾ける。
まどろみが溶け、現実の空気が戻ってくる。
しらたまは、目を覚ました。
胸元の香炉からは、ほのかな風の香り。
窓の外には、朝の光と、新しい風が吹いていた。




