第四話「Lueur -ほの光の小屋-」
昼下がり、風見草亭の裏手。
マーリエさんから譲り受けた小さな物置小屋を、
“占い小屋”として整えてから数日。
しらたまはふと思った。
(……やっぱり、看板……あったほうがいいよね)
もらい物のテーブルクロス。道具箱や薬草棚。
小さな木箱には、浄化用の香草“スウィリア”が丁寧に保管されている。
だが──外から見たら、ただの木の小屋。
立ち寄る誰かに「ここが何か」を伝えるものが、何もなかった。
(せっかく来てくれる人がいるかもしれないのに、
“目印”がなかったら、もったいない)
そんなふうに考えていると──
背後から、ひょいと顔を出す影があった。
「……そんなに案がないなら、俺が考えてやろうか」
振り返ると、ルーベン・カリストが無言で立っていた。
「え? あ、いや……でも、急に出てこないというか……」
「看板の名前くらい、つけてやってもいい。
錬金術師に必要なセンスのひとつだからな」
どこか誇らしげなルーベン。
しらたまは首を傾げつつ、
「じゃあ聞くだけ聞いてみようかな……」と促した。
彼は自信満々に言った。
「《オラクル・フォージ》」
「鍛冶場ですか?」
「《ホワイト・ヘキサゴン》」
「なんで六角形?」
「《リーディング・スコルピオン》」
「なんでサソリなんですか!?」
──全却下だった。
しらたまは頭を抱え、しばし沈黙する。
(もっと、こう……あたたかくて、優しくて、“光”のような……)
そのとき、ふわりと香る花の匂い。
振り向くと、マーリエさんがそっとスウィリアの束を抱えて現れた。
「スウィリアの花、気に入ってくれたみたいね」
「はい、とても……香りも落ち着くし、
毎朝この香りで始めると気持ちが整う感じがして」
「それね、“朝露の光を集める花”って言われてるのよ。
夜のうちに露をまとって、朝日とともに香る。
まるで、小さな光の種みたい」
「……光の、種……」
胸の奥がきゅっとなった。
白い朝の光。
淡く咲いた花。
誰かの心に、そっと灯る“小さな希望”。
(それって、わたしが占いに込めたい気持ちに、
ちょっと似てるかも……)
その瞬間、ふと浮かんだ言葉があった。
「……“Lueur”」
「ルアー?」とルーベンが目を細めた。
「それは……俺の知っている単語じゃないな」
「えっ、あっ、えっと、造語! そう、オリジナルです!
意味とかは……なんか、気分で!」
慌ててごまかすしらたま。
本当は「仏語で“ほのかな光”」という意味なのだが、
異世界でどこまで通じるか分からないため口にはしない。
でも、この名ならきっと大丈夫。
小さくても、優しく、迷う誰かを照らすような名前。
こうして、“占い屋 Lueur”は誕生した。
まだ看板はないけれど。
まだ誰もその名前を知らないけれど。
でもきっと、ここにしかない“光”が、誰かに届く日が来る──
そしてその夜。
夕暮れの馬車の音が、風見草亭の前に止まる。
帰ってきたのは、一人の吟遊詩人だった。
扉が開き、軽やかな足取りで降りてきたのは──
長めのコートに身を包み、楽器ケースを背負った青年。
「ただいま、我が癒しの館」
──吟遊詩人、ヴァルター・リース。
この宿の“常連”であり、“自由人”であり、“音の旅人”だ。
「あらまぁ、ヴァルター! 帰ってきたの?
部屋なら、空いてるわよ。ランドが掃除してたとこ使ってね」
マーリエが明るく迎え入れると、
ヴァルターはおどけたように帽子を掲げた。
「あなたがたが迎えてくれる限り、僕はここを“家”と呼ぶよ」
そのまま食堂に入り、適当な席に腰を下ろす。
すると、そこには──
「……」
白いローブを着た、占い師風の少女がぽつんと座っていた。
「……こんばんは。もしかして、はじめまして、ですよね?」
「やぁ、君が噂の“新入りさん”かな?」
ヴァルターは微笑みながら、しらたまの向かいに腰を下ろした。
しらたまは少し警戒しつつも、小さくうなずく。
「百瀬しらたま……です。
ちょっと、変なかたちでここに来ちゃって……」
「ふうん、“しらたま”ね。なるほど、やっぱり……」
「え?」
「──君は、“おもしろい風”だ」
しらたまはきょとんと目を瞬かせる。
ヴァルターは空を仰ぎ、続けた。
「僕にはね、風の音が聞こえるんだ。
大地を撫で、雲を揺らす“空気の流れ”──
それは場所も、時も、記憶も運ぶ。
でも、君のまわりには……ちょっと変わった風が吹いてる。
ここにはない、遠い土地の風だよ」
「……!」
しらたまは言葉を失った。
誰にも言っていない。“異世界から来た”ということを。
それを──この人は、風から感じ取ってしまったのか?
「……ほんとうに、“読める”んですね。風が」
「まぁ、詩人だからね。“風聞き”ってやつさ」
そう言って、ヴァルターはいたずらっぽく笑う。
その瞬間、しらたまの胸の奥で、何かがほどける音がした。
異世界の孤独。
誰にも言えなかった不安。
全部を、何でもない“会話”として受け止められる安心感。
(この人、なんだか……“風通しがいい”)
「それでさ。君、“占い屋”を始めたんだって?」
「はい……って言っても、まだ看板つけただけで」
「だったら、今度の市の日に演奏でもしようか?」
「え?」
「“宣伝”だよ。“占い屋ルアーの隣では吟遊詩人が歌ってる”ってなれば、
噂になるだろう?」
「そ、それはありがたいけど……本当にいいんですか?」
「うん、だって君は、“おもしろい風”なんだから」
しらたまは、少しだけ笑った。
風見草亭に来て、初めて“異世界での出会い”を
嬉しいと思った瞬間だった。
市の日。
ラセルナの街には、朝早くから人が集まっていた。
荷馬車に揺られてやってくる商人たち。
干し肉、薬草、手作りの小物、色とりどりの果物や花──
舗装されていない道の両端に、簡易な布屋根の露店が立ち並ぶ。
風見草亭の小屋──「占い屋ルアー」も、その一角にある。
看板は白くて小さいが、清潔感があり、
なにより柔らかい雰囲気を放っていた。
しらたまは、まだ緊張していた。
手元には、昨日マーリエからもらったスウィリアの香り。
ホワイトセージに似た作用を持つこの草を、
朝の祈りと共に焚いていた。
「……どうか、誰かの“光”になれますように」
そう呟いた直後だった。
──ぽろん。
淡く、風に揺れるような音が、空気に沁みた。
振り返ると、向こうの広場の石台に、ヴァルターがいた。
旅衣のまま、膝に小さなリュートを抱えている。
その周囲には、知らず知らずのうちに人が集まっていた。
「おはよう、旅人たち──」
ヴァルターが言葉と共に弦を鳴らす。
やわらかく、風のように。
まるで“朝露”の光を編むように。
《白い花》
白い花が咲くのは
雨があがった朝の道
ひとり歩いた小さな足跡に
陽が射して
小鳥がさえずる
「だいじょうぶ」と風が言う
「そばにいるよ」と木々が揺れる
まだ名前もない花が
誰かの心に咲くように
今日を、そっと歩いていこう
歌が終わる頃には、広場の人々が拍手を送っていた。
だがその中で、一人──白い小屋の占い師は、そっと目を伏せていた。
その歌は、まるで“今の自分”を歌ってくれたようだったから。
不安で、名前も居場所も見失った“白い花”のような自分に、
「ここにいてもいい」と言ってくれた気がしたから。
涙を堪えて、しらたまは静かに呟いた。
「……ありがとう、ヴァルターさん……」
その時。
「おねーさん、占いやってるの?」
声をかけてきたのは、小さな女の子とその母親。
(……来てくれた)
しらたまは、笑顔でうなずいた。
「はい。いらっしゃいませ──“占い屋ルアー”へ」
──はじまりの朝。
しらたまの“しろい占い屋”に、やさしい風が吹いた。
ψ 更新頻度:毎日5話更新 ψ
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