閑話「市場都市アルミエラ」
石造りの天井に祈りの光が差し込む王都議会の円形堂。
重々しい静寂のなかで、王妃イリスは立ち上がり、柔らかな声で告げた。
「本日の議題は、南東街道の整備計画について。
王都・聖都・ラセルナを結ぶ新たな中継地として、市場都市の建設案が提出されております」
会場がざわめく。
広げられた地図の上、赤い印が三角を描いていた──王都、聖都、そしてラセルナ。
そのちょうど中央に、ひとつの小さな印が加えられている。
「“アルミエラ”──」
行政官ミュリエルが冷静な口調で続ける。
「この案は、物流と人材、さらには外交的流れを円滑にするために必要と考えます。
祈りの都ラセルナに注目が集まる今、周囲の流れを整えずして何を成しましょう?」
「軍部としても異論はない」
険しい眉を寄せた軍司令ライネルが言った。
「ラセルナへの道がふさがれた場合の予備経路は必須。
また、新設地点は見張りに適しており、詰所設営の利も高い」
「交易路としても将来的な利益は大きい」
続いて経済局長エルモンドが手を挙げる。
「商都ウォールナットからも期待の声が届いております。
“風の市”を設ければ、各国の行商人が集うでしょう。
ラセルナが祈りの場ならば、ここは動きと交わりの場です」
すべての目が、招致出席していたヴァルターへと向けられた。
吟遊詩人でありながら、今はリース家ラセルナ支部の責任者──
彼の報告書が、この議題のきっかけであった。
「……ラセルナは、ただの街ではありません」
少しだけ間を置いて、ヴァルターは言葉を紡ぐ。
「そこには、“祈り”が生きています。
苦しみを越えようとする人々の想いが、風となって吹いている」
しかし、その言葉の先に、思いがけず喉が詰まった。
言えば言うほど、彼自身の偏りが浮かび上がってくる。
ラセルナを守りたい──
その一心が、いつしか視野を狭めていたのかもしれない。
王妃イリスが、そっと微笑んだ。
「ええ、だからこそ──」
「祈りを“交わす”場所が、必要なのです」
風のようなその言葉が、会場の空気を優しく包んだ。
議会の終わり、ヴァルターはひとり、石廊下を歩いていた。
足音が響く中、行政官ミュリエルが背後から声をかける。
「……貴殿が“ラセルナだけ”を見ている間に、世界はもう、次へ進んでいますよ」
その言葉に、ヴァルターは立ち止まる。
そうだ。
道は、どこへでも続いている。
そしてラセルナは、もう“始まり”になったのだ。




