第四十五話「ラセルナへの帰路、触れかけた心」
王都からラセルナへと戻る帰路。
夜の風に包まれた馬車の中には、微妙な緊張が漂っていた。
ヴァルターとしらたま。
たった二人きりの空間で、いつものように言葉を交わすことすら、なぜかぎこちなくなる。
お互いが冷静さを装おうとすればするほど、言葉が空回りし、沈黙が増していく。
──拷問か?
ヴァルターは心の中でぼやいた。まさか、こんなに会話が難しいとは。
何気ない視線の交差すら、胸をざわつかせる。
一方のしらたまも、戸惑っていた。
自分の中でふくらんでいく感情に、名前をつけることができない。
どきどきする。胸が熱い。
恋人がいなかったわけではない。
でも、恋を“ちゃんと”経験したことはなかった。
今、この隣にいる彼を、どんなふうに見ていいか、わからない。
ただ確かに──
舞踏会の夜、彼が見せたいつもと違う姿。
余裕のない表情、真剣な瞳。
何度も惹かれてしまった。
今も、ふと目が合うたびに視線をそらしてしまう自分がいる。
こんな気持ちを、どうやって伝えればいいのか。
どう向き合えばいいのか。
「……クラリッサさんが居てくれたら……」
思わずぽつりと漏れた言葉。
レッスン最終日、あっさりと帰ってしまったクラリッサの顔が頭に浮かぶ。
言葉にならない気持ちを胸に、
若い二人を乗せた馬車は、ゆっくりとラセルナの灯のもとへと帰っていく──。
ラセルナへと帰ると泥だらけの子どもたちが出迎えてくれた
「おかえりー!!」
聞くと町中に花を植えている手伝いをしていたのだという
奥にこちらへやってくるメープルとポピーの姿があった
「おう、ちゃんと留守預かってたぜ」
「ありがとうメープル助かるよ」と答えるヴァルター
ポピーがしらたまに舞踏会はどうだったか聞いてくる。
ぎこちなく答えるしらたまにポピーはあれ?という顔をする。
しらたまとヴァルターが風見草亭に向かった後ポピーはうふふと笑った
「な、なんだよ……」
突然の笑い声にビビるメープル
「ん-?いいなあ……ってね」
「舞踏会がか?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
風見草亭には相変わらず常連や旅人などで賑わっている
「あら!お帰りしらたまちゃん、ヴァルター!」
元気よくマーリエさんが声をかけてくれる
「ただいま、マーリエさん!」
「ただいま、今日もいい風だね」
目をやるといつもの位置にルーベンがいた
ルーベンに声をかける
「ただいま、ルーベン」
「ああ。」
相変わらずそっけないがちらっとヴァルターに目をやる
「……明星の光が揺らいでるぞ」
「ッッッ!!」
声にならない声を出したヴァルターにしてやったりという顔をするルーベン
意味が分からないしらたまはぽかんとしている
そこに環が現れた。
「おう!お帰りたま!楽しかったか?」
「あ、ただいま兄ちゃん!まぁ、楽しかったよ!」
そこへマーリエさんが「ほら、荷物置いてきな」と声をかける
「はーい!…ちょっと荷物置いてくるね」
とバタバタ二階へと登っていった。
それを見送ってから環はヴァルターの方に腕を回す
「なんもしてないよな?」
「………ッ! してないっ!!」
それならいいんだと豪快に笑う環
いつもと明らかに違うヴァルターの様子にあらあらと笑うマーリエ
その場にいた常連客もからかいながら笑う
しらたまが戻ってきたころには妙に疲れてるヴァルターと
笑いを堪えきれないルーベン、わははと笑う環、
つられて笑う賑やかな客たちがいた
その夜、しらたまは香炉にそっと火を灯した。
ぱちり、という小さな音とともに立ち昇った白煙が、静かな夜の空気に溶けていく。
窓辺に腰を下ろして見上げた夜空には、王都では決して見えなかった、
無数の星たちの光が、まるでささやくように瞬いていた。
──ああ、帰ってきたんだな。
心の奥でふわりと湧き上がる安心感。
舞踏会という煌びやかな場所では、どこか背伸びをしていた自分がいた。
だけど今、夜風と香の匂いに包まれたこの場所で、ようやく肩の力が抜けていく。
星を見つめながら、ふと思い出すのは──
ヴァルターがくれた言葉、手のぬくもり、そしてあの視線。
「……今夜の風は、少しだけ、甘い気がするね」
囁くように呟いた声は、誰に向けたわけでもなかった。
ただ、空に浮かぶ無数の光たちが、彼女のその想いをそっと受け止めた気がした。
香の煙がひとすじ、夜空へとほどけていく。
その先に続く未来へ、祈るように──
風は今日も、静かに、確かに、彼女のもとに吹いていた。




