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下町宿場の占い師さん~異世界の占い師は、やがて世界を救う~  作者: もなかしょこら
理の都ウィロー編

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第三十八話「リスニア街道を抜けて」


 馬車が軋む音が、揺れる心の鼓動と重なるようだった。

 幌の隙間から射す西陽が、淡く暖かい。

 ラセルナへ向かう帰り道、わたしたちはそれぞれの想いを胸に、静かに時間を過ごしていた。


 ルーベンが口を開いたのは、馬車が二つ目の丘を越えたころ。

「……思ったより、疲れたな」


「精神的にだろ?」と環が笑う。

「おまえ、あのザグランってやつと何度睨み合った?」


「七回くらいかな……いや、八回だ」


 わたしはくすっと笑ってしまった。

 それに釣られて、ヴァルターも肩を震わせた。


「でも、すごくよかったよ。ルーベン。

あの街で、ちゃんと自分の言葉で祈りを伝えてくれたでしょう?」

「……伝えられたかどうかはわかんないよ。けど、やっとわかったんだ」


ルーベンは目を閉じて、ぽつりと続けた。

「俺が“星の導き”を感じられる理由。

師匠が教えてくれた“風を視る”って感覚が、どういうことなのか」


「理と祈りの境界線に立ってたんだよな、ずっと」

 環の声には、優しさとどこか寂しさがあった。


 ルーベンはうなずいた。


「俺さ……ずっと科学で証明できるものしか信じないと思ってた。

でも、“感じる”ってことも、立派な理だったんだ。

誰かの心に届いた瞬間、それは理と呼んでいいんだって」


 わたしは胸に手を当てた。

 あの蒸留炉の暴走を止めたとき、たしかに風が吹いた。

 星灰が落ち着き、わたしの祈りに応えてくれた。


 けれど、それは“祈り”だけの力じゃなかった。

 ルーベンの選択と、ミリアさんの理解と、ヴァルターの言葉があったからこそ。


「……ねえ、ヴァルターは、何を感じてたの?」

とわたしが尋ねると、彼は少しだけ目を細めた。


「ウィローの街にはね、“答え”を探す人たちが多かったよ。

祈りは“問いかけ”だけれど、理は“答え”を欲しがる。

だからこそ、祈りの静けさがあの場所で際立っていたのかもしれない」


「答えじゃなくて、余白を求めることが祈りなんだろうな」

 環がぽつりとつぶやいた。


 馬車の中は、しばらく風の音だけが流れていた。


 わたしは、そっと手のひらを見つめる。

 あの時、蒸気の中で光を宿した指先。心の奥で震えた、誰かの悲しみや希望。


「わたし、少しだけわかった気がする。

祈りって、きっと“誰かのために”って思うことなんだね」


「お前は、ずっとそうだったよ」とルーベンが言った。

「自分の力がなんなのか、ちゃんと知ろうとしてた。

……俺はそれに背中を押されて、あそこまで行けたんだ」


ヴァルターが、ふっと笑ってつぶやいた。

「風は吹くべき場所に吹く。

星は見上げる者に語りかける。

君の祈りは、僕たちにそれを思い出させてくれたんだよ」


 それは、まるで詩のような言葉だった。


 わたしの胸に、静かに温かい何かが満ちていく。

 “聖女”という呼び名ではなく、“わたし自身”として、彼らと共に歩める未来。


「ラセルナに戻ったら、また香を焚こうかな。

……風が、たくさんの想いを運んでくれるように」


「そういえば──」

 ヴァルターがふと思い出したように口を開く。

「ウィローの商会と話したんだ。交易の算段がつきそうだよ」


「えっ、ほんとに?」

 わたしが思わず身を乗り出すと、ヴァルターは少しだけ胸を張って答えた。


「ほら、ウィローはあれだけ理知に重きを置いてる街だろう?

だから“祈り”そのものには懐疑的でも、

“香”や“結界具”といった物質的なものには興味を示す余地があるんだよ。

君の香炉、あれを再現したミリア嬢の見解が向こうの研究者たちに響いててね──

“理論に落とし込める祈り”ってね」


「……それ、なんだか変な感じだけど、すごいな」

 ルーベンが苦笑しながらも納得したようにうなずく。


「で、その物資をどう運ぶか考えてたんだが──」

 ヴァルターは地図を取り出し、馬車の床に広げる。


「ラセルナから西へ伸びるこの道、南西の農村地帯を経由して、

途中にある高原の峠を越えて……あの丘陵地帯だ。

ここを通れば、馬車で一週間の距離にはなるが、

食料、薬草、鉱石……道中に得られる資源が豊富なんだよ」


「丘陵……草木の風が変わる場所だな」

 環が目を細めて呟く。


「そう。乾いた石の香りと、星をよく見る夜風。

あそこなら一時的な中継拠点も築ける。

ラセルナの“祈りの品”を運び、ウィローの“理の産物”を仕入れる、

そんな“風の交易路”がつくれるかもしれない」


「“風の交易路”……なんだか素敵だね」

 わたしはそうつぶやいた。


 ヴァルターが微笑む。

「名は君がつけてくれたってことで、ひとつ」

「じゃあ、あの丘陵の先に咲いてた花の名前をつけようかな……風に香る、白いリスニアの花」

「“リスニア街道”、悪くないね」

ルーベンがぽつりと言って、皆が笑った。


 それは、まだ見ぬ未来への予感だった。

 風は流れ、星は照らす。


 祈りと理が結ぶ道の名が、この時確かに生まれたのだった。



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