表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町宿場の占い師さん~異世界の占い師は、やがて世界を救う~  作者: もなかしょこら
理の都ウィロー編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/371

第三十七話「理の都ウィロー」


 ウィローでの日々は、ルーベンにとって挑戦の連続だった。


 彼が信じてきた錬金術の理は、ウィローという都市そのものに根付き、

 もはや“人々の信仰”に等しい。

 だからこそ、ラセルナで目にした“祈り”──

 しらたまが生む風と光──は、この地において「異物」だった。



 ミリアは、ルーベンを錬金術ギルドの星位観測室へと案内した。

 そこは、ソル・マーディンの最期の研究室──

 「風を視る錬金術師」の名に恥じぬ、無数の記録と星灰の試料が残されていた。


「これが……師匠の、最後の観測……?」


 記録には、“祈り”という語が何度も登場していた。


 《星灰の反応は、感情ではなく“意志”に呼応する──

 なかでも祈りのような深層意識における共鳴が顕著だ》


 “理”でありながら、“祈り”を認め始めたソル。

 その思想は、今のギルドでは異端とされ、研究そのものが封印されかけていた。


 ウィローでは、子どもが転んでもまず痛みの観察と記録が求められる。

 感情を伴う出来事は、“誤差”として修正されるべきものなのだ。


 一方、ラセルナでは──

 転んだ子に手を差し伸べ、「痛かったね」と語りかける優しさが、

 風となり、祈りとなっていた。


 ルーベンは思う。

「どちらが正しい、ではない……

ただ、どちらが“人として自然”か、ということだ」


 しらたまが蒸留室で祈りを捧げ、香が静かに揺れた時──

 周囲にいた若い研究員たちが、言葉にできない“何か”を感じていた。


 一人の青年がぽつりと漏らす。


「……これも、“反応”ですか?」


ルーベンは答える。

「ああ。だがそれは、“証明”されるものじゃない。

誰かが、感じたことがすべてだ」


その言葉は、ミリアの胸にも深く残った。




 そんな矢先、伝統派のザグランが動く。


「異端の思想を広げようとする者がいる──

我々は、理の都を守らねばならぬ!」


 星灰研究は“非科学”と断じられ、ソルの資料の閲覧は禁止。

 ルーベンは追放寸前の扱いを受け、ミリアも研究室を封鎖された。


 それでも、しらたまは静かに言った。

「封じられるのは、祈りではなく、“恐れ”です」


 その声に、ウィローの風がわずかに揺れる。

 理の都に、初めて“祈りの粒子”が溶け始めていた。


 ──そして、ある“気配”がルーベンの背後に忍び寄る。

 消えたはずの師、ソル・マーディンの名とともに、

 星灰が新たな動きを見せ始めていた。


 ウィローの夜空は、いつも通り冴え渡っていた。

 だがその星光は、静かに揺らいでいるように見えた。


 異変は、錬金術ギルドの星灰保存層から始まった。

 突如として星灰が収められた鉱壺が破裂し、蒸留炉が暴走。

 蒸気が吹き出し、光の粒が空間を乱反射する。


「これは……反応率が常識を逸している……!」


 研究員たちは混乱し、観測装置は次々に停止。

 計測不可能な変質現象──

 星灰の“意志”とも言えるうねりが、ギルド内部を襲った。


 ザグランが叫ぶ。

「非科学的な干渉が起きている!

異端の“祈り”が、この都を蝕んでいるのだ!」


 しかしルーベンは、師・ソルの残した手記を思い出していた。

 《星灰は、恐れではなく“信頼”に呼応する》


 そして、しらたまの祈り──

 それが、最も安定した星灰の触媒となっていたことも。


「どうか、命をお護りください。

この地に芽吹く未来を、否定せず、見守ってください──」


 しらたまの祈りが響くと、暴走していた星灰の粒がゆっくりと沈静化し始めた。

 その場にいたミリアが、一つの仮説を口にする。


「もしかして……彼女自身が“星灰に選ばれた導き手”なのかもしれない」


 ルーベンは息を呑んだ。

 それは、師・ソルがかつて記した最後の文と一致していたのだ。


 《この地に、風の“聖女”が現れる。

 理を越えて、星灰の真なる可能性を開く鍵──》


 しらたまは、まさにその鍵だった。

 

 なおも抵抗を試みるザグラン。

 しかし、星灰の結晶が彼の手から崩れ落ち、空間が音を立てて沈黙する。


「証明できぬ祈りなど──」

「証明は、心の中にある」

 ルーベンが答えたその瞬間、蒸留炉の残響が静かに止まった。


 周囲の研究員たちは、はじめて祈りの静けさに“耳を澄ませた”。

 理の都に、はじめて“風”が吹いたのだ。


 数日後、ギルドは新たな決議を下す。

 しらたまの祈りによる星灰安定化現象を仮説A-∞(エインフィニティ)として正式に記録。

 ミリアはその編纂にあたり、ルーベンも共同研究員として登録された。


「異端だったものが、今では“仮説の一部”になる──

これが、理の都市の柔らかさだよ」

 ヴァルターが肩を叩いて笑った。


 しらたまは、自分の祈りが“何か”の役に立てたことを、

 まだどこか不思議に感じていた。

 だが、風は確かに吹いた。星は、応えた。


 そして、ルーベンはもう一度空を見上げて思った。

「祈りは、きっと、“理”の最も遠い場所にあると思っていた。

でも……今なら言える。

そこは、“理”が目指す、最も深い場所でもあるって」


 ──理と祈りが手を取り合った瞬間。

 ウィローの星空は、少しだけやわらかく輝いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ