第二百十五話「黒き結晶と、風の作戦」
「え、カウムディに向かわせる? 正気かい?」
領主館の執務室で、ヴァルターが目を丸くする。
突然の提案に思わず眉をひそめた。
「カウムディ単体じゃないさ」
ルーベンが静かに言う。
「ちゃんとあたくしたちが着いて行くから♡」
クラウスがにっこり笑って加勢した。
「そうは言ってもなぁ……」
その言葉を遮るように、カウムディが一歩前へ出る。
「ヴァルター、僕は……僕は自分にできることを探したいんだ。
可能性があるなら、挑戦してみたい!」
その真っ直ぐな眼差しに、プラーナも静かに頷いた。
「私の方は、何度かダンジョンでの討伐経験がございます。
魔物相手であれば、問題なく対応可能です」
しばしの沈黙の後、ヴァルターが肩をすくめた。
「わかった。じゃあ、僕も行こう。監視役としても、心配だからね」
こうしてカウムディの初陣──
凶暴化したホーンラビットの討伐に向けて、一行が動き出した。
農村地帯に到着したころには、夕暮れが近づいていた。
数名の衛兵が村の周囲を巡回し、状況を確認していた。
「ヴァルター様、この近隣には見当たりません。
しかし、魔物の糞が新しい。先程までこの辺りにいたようです」
「ありがとう。丘の方へ行ってみようか」
丘を登ると、草地の中に数匹のホーンラビットがうずくまっていた。
その先には、地面にぽっかりと空いた大きな穴。まるで……巣穴が広がっているようだった。
「……居た。あれだね」
ヴァルターが警戒を強める。
「巣穴っていうより……」
クラウスが不穏な空気を読み取り、目を細める。
「まさか、巣穴がダンジョン化してる……?」
ルーベンが低くつぶやいた。
「そんなことあり得るのか?」
カウムディが尋ねる。
「ないとは言い切れませんが、極めて珍しい例です」
とプラーナ。
その時だった。
――ズシャッ!!
一匹のホーンラビットが草陰から飛び出し、衛兵へ突進した。
「っく!」
衛兵は咄嗟に盾で受け止めるも、まるで岩をぶつけられたような衝撃に膝をついた。
「なんだ、こいつら……!?」
ルーベンが顔をしかめる。
「ヴァルター、聞きたいことがある」
カウムディが落ち着いた声で問う。
「なんだい?」
「この大陸のウサギは……黒い結晶がついているものなのか?」
その言葉に、一同の視線がホーンラビットへと向けられた。
角や爪に、禍々しい黒い結晶がびっしりと付着しているのが確認される。
「あれは……スライムの時の……!」
ルーベンの顔が引き締まる。
「ふふ、なるほどねえ」
クラウスの目も鋭く光る。
「……あの結晶について、注意すべき点はあるか?」
カウムディが問う。
「凶暴化の原因は、間違いなくあれだ」
ヴァルターが即答する。
「……わかった。プラーナ! 陽動を頼む!」
「かしこまりました」
プラーナが大きく跳躍し、斜面の上でホーンラビットたちを引きつけ始める。
「ルーベン、錬成で奴らを一か所に集めてほしい。
ヴァルターは風の魔術師だったな?
なら、香の匂いを奴らに向けて流してほしい!」
「よし、信じるぞカウムディ! 式番号 《α - 2》岩壁錬成!」
ゴゴゴッ、と音を立てて地面がせり上がり、ラビットたちを囲い込んでいく。
「《風よ、流れろ──エア・リーフ!》」
ヴァルターの魔術が香りを包み、閉じられた空間へと吹き込んでいく。
途端に、ホーンラビットたちは鼻先を押さえ、苦悶の声を上げた。
「最後に──クラウス、浄化の光は出せるか?」
「お安い御用よ♡ 《リュミエール・サクレ》!」
掲げた剣が純白の光を帯び、そのまま一閃。
眩い閃光がラビットたちを包み、
その角や爪の黒い結晶が次々に砕け散っていく。
「さて……」
ルーベンが静かに歩み寄り、巣穴の前に座り込む。
「完全に封印していいよな?」
「その小ささじゃ誰も入れないしね」
ヴァルターが頷く。
ルーベンが指先で封印陣を描くと、巣穴の入り口に淡い光が走り、
ゆっくりと――ダンジョンの扉が閉じられた。
「……終わったな」
ヴァルターが肩の力を抜き、微笑む。
そして、カウムディの方を見た。
「どうだった、初陣の感想は?」
カウムディは静かに目を閉じ、ふっと微笑んだ。
「……祈りの風が吹いている気がしたよ。
僕の中にも、誰かの中にも、きっと」
アロマティア領主館──夕暮れ時。
広間には温かなランプの光が灯り、香草とスープの香りが立ちこめていた。
ちょうど夕餉が始まろうとしていたところに、外出組の一行が帰還した。
「えっ、討伐!?」
真っ先に反応したのは、支度を終えて席に着いたしらたまだった。
隣のセリーヌも驚きに目を丸くしている。
「そうなのよー」
クラウスが軽やかに肩をすくめる。
「カウムディってば、ウサギちゃんたちを倒さずに終わらせたのよ」
「倒さずに……?」
しらたまが首をかしげる。
「“討伐”というより、“解決”だったな」
ルーベンがパンと手を叩くように言った。
その横で、カウムディが満面の笑みを浮かべていた。
「新鮮な体験だった。……できれば今後も、経験を積んでいきたい!」
「よく言った!!」
すかさず飛びついたのは環だった。
「いいぜいいぜ、これからもじゃんじゃんやりたいこと見つけていこうな!」
「……ああ、そうだな!」
兄のように大きく笑う環と、
弟のように応えるカウムディの姿に、場の空気がほころぶ。
「敵の弱点を見抜き、的確に潰す指示……見事だったよ」
ヴァルターも素直に称賛を贈る。
「そうなんだぁ……!」
しらたまは目を細めて笑った。
「作戦や進行について、また意見をいただいてみたいですね」
セリーヌがカウムディに向き直って礼儀正しく頭を下げる。
「それは……ありがたい。僕にできることなら、いくらでも協力したい」
「こうしてカウムディ様の中に、自信が積み重なっていけば……」
と、隣のプラーナが静かに呟いた。
「少しずつ魔物討伐に慣れていけば、いずれはいい冒険者になれるかもしれないね」
ヴァルターがグラスを持ちながら言った。
「冒険者、か……いいな」
カウムディは目を輝かせながら呟く。
「ロマンあるわよねえ。でも、なぜかあたくしの記憶って血生臭いのよねえ」
と、クラウスが笑いながら言うと、ルーベンが真顔で振り返る。
「何と戦ってきたら、そうなるんだ……?」
「ワイバーンとか♡」
「ワイバーン!?」
思わず椅子を引いて驚くルーベン。
「……あれは、参考にしなくていいよ」
ヴァルターが苦笑しながらワイングラスを口に運んだ。
「次元が違いすぎて、参考にすらならない……」
カウムディが小声で呟き、場の笑いを誘う。
香草の匂いと、笑い声と、やわらかな光。
その全てが、アロマティアの“祈り”として、穏やかに広間を包んでいた。




