表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下町宿場の占い師さん~異世界の占い師は、やがて世界を救う~  作者: もなかしょこら
王都ポリャンナ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/371

第十五話「風は王城へ向かう」


柔らかな陽の光に見送られながら、しらたまは白のプリンセスラインのドレスに身を包み、ゆっくりと馬車へと乗り込んだ。


淡い色の刺繍と繊細なレースがあしらわれたその衣装は、しらたまの肌をより明るく引き立てており、まるで本物の貴族令嬢のような佇まいを纏わせていた。



「……ふあぁ、緊張する……」



小さく呟いたしらたまの横では、ルーベンがどこ吹く風とばかりに分厚い本を膝に置き、悠々とページをめくっている。


「しくじったらどうしよう……」


不安が口からこぼれた瞬間、ルーベンは鼻で笑った。


「その時は大げさに笑ってやる。思いっきりな」


「えぇぇ、ひどくない!?」


「笑った方が場が和む。それだけだ」


からかっているようで、妙に理にかなった答えに、しらたまはぐぬぬ……と唇を噛む。

隣では護衛のセージが、優しい声音で言葉を添えた。


「大丈夫です。しらたま様は、堂々とされていればそれで十分ですよ」


その穏やかな口調に、しらたまは少しだけ肩の力が抜けた。

そして、馬車の向かいに座るヴァルターが、今日に限っては珍しくリュートを持たず、きちんとした貴族の装いで姿勢を正していた。


「風はね、時に未知を恐れずに吹くものなんだよ、白き星の風」


その言葉は、柔らかくも芯があり、しらたまの胸にすっと染み込んだ。


「……うん。ありがとう、みんな」


しらたまは小さく深呼吸をひとつして、前を向いた。

王城は、もうすぐそこだ。


車輪の音が徐々に静まり、馬車はゆるやかに停車した。



目の前に現れたのは――まばゆい白金の石造りで組まれた王都ポリャンナの王城。

高くそびえる尖塔に、風と星を象った紋章。

磨き込まれた門扉には、月光を思わせる優美な銀装飾が施されていた。



「……すごい……」



思わず漏れるしらたまの声は、誰の耳にも届くことなく、石畳に吸い込まれていく。


馬車の扉が開けられ、四人はゆっくりと王城の敷地内へと足を踏み入れた。

門の内側では、整列した衛兵たちが一糸乱れぬ動きで礼を取る。

広々とした回廊の天井には、風をかたどった流線の彫刻と、

星を象った水晶飾りが等間隔に輝いており、まるで夜空をそのまま閉じ込めたかのような幻想的な空間だった。


(これが……王城……)


まさに異世界の“本物の宮殿”と呼ぶにふさわしい景観に、しらたまは思わず足がすくみそうになる。


そんな中、一歩前に出たのはヴァルターだった。

その立ち居振る舞いには、普段の軽やかな詩人の気配は一切ない。

深い礼を取り、流れるように口を開く。


「リース伯爵家次男、ヴァルター・リース。謁見の許しを賜り、深く感謝を申し上げます」


その声は、凛としていてよく通る。

王家の侍従はそれに応えるように礼を返し、静かに頷いた。


(……えっ、誰!?)


しらたまは思わず、ルーベンの肩に隠れるように身を寄せて、小声で囁く。


「……ヴァルター、キャラ変わってない……?」


「……まあな」


ルーベンは驚いた様子を一切見せなかったが、珍しく口元がかすかに引きつっていた。

セージだけが、「いつもと違うヴァルター様も良いものです」と小さく笑っている。


“白き星の風”は、いま――

王と星が見つめる中心の場へと、ゆるやかに歩みを進めていた。




王城の回廊を抜けた先、重厚な扉が静かに開かれる。

そこは玉座の間――。


天井には星辰の意匠が煌めき、床には風の紋様が彫られた石が敷かれていた。

その中央へと、四人は静かに足を踏み入れる。


護衛のセージは扉付近で立ち止まり、控えにまわる。

先頭に立つのはヴァルター、その隣にはしらたまとルーベン。

三人の歩みは、やがて玉座の前で止まる。


 


玉座に座るのは、銀の髭を蓄えた温和な面差しの男――ポリャンナ王国の現王、リュシアン・ポリャンナ六世。

その隣には、月のような静けさをまとった王妃、イリス王妃の姿があった。


 


「ようこそ、王城へ。遠路の旅路に、労を労おう」

王リュシアンの声は、低くも柔らかで、誠実さに満ちていた。


しかし、王妃イリスは――

しらたまを見つめたまま、ふと目を細め、静かに口を開いた。


 


「……風が、祈りを運んでまいりました」


 


空気がふと張りつめる。


「……あの日、孤児院に満ちた優しい風。

あの祈りは、確かに星神フィオルのもとへ届いておりました」


 


「え……?」


しらたまは戸惑いの声を漏らす。

(そんなつもりで祈ったわけじゃない……)と、心の中で呟いた。


しかし、イリス王妃は微笑んだ。


 


「祈りとは、意図を超えて湧き出るもの。

それは、魂が世界に向けて紡ぐものなのです」


 


その言葉に、しらたまは何も返せなかった。


 


ヴァルターが一歩進み、恭しく礼を取ると、

貴族らしい正統な言葉遣いで静かに語り始めた。


 


「この者、モモセ・シラタマは、未だ前例なき“祈り”を媒体としたギフトの保持者でございます。

発動は占術――星詠みを通して行われ、

言霊の力と結びつき、相手の心に穏やかな影響を与える特性を有します」


 


玉座の間に、微かなどよめきが走る。


控えていた侍従たちが、驚きを隠せず顔を見合わせる。


 


王リュシアンは「ふむ」と短く唸り、思案するように眉を寄せると、

まっすぐにしらたまを見つめて問うた。


 


「シラタマ殿。君は――どこから来たのだ?」


 


瞬間、しらたまの心臓が跳ねる。


(……どうしよう……なんて答えれば……)


ちら、とヴァルターを見ると、彼は静かに頷き、こう告げた。


 


「――“流れ星”の伝承通りでございます」


 


その言葉に、王と王妃の瞳が一瞬、大きく見開かれた。


玉座の間の空気が変わる。

控えていた者たちの注視が、一斉にしらたまへと向けられた。


視線の圧に、しらたまは固まって動けなくなった。


(……なんで、こんな大ごとに……)


 


しばらく沈黙が流れたあと――

リュシアン王は静かに息を吐き、再び口を開いた。


 


「シラタマ殿。そなたの契約者は、ヴァルターで間違いないか?」


「左様にございます」

ヴァルターが真っすぐに答える。


 


「……風は自由だ。

人を導く風の声こそ、我が国が大切にするもの」


 


王の声は、朗々と広間に響いた。


「シラタマ殿の力は、決して“害”ではない。

それは、“導きの祈り”だと、我が国は認めよう」


その言葉に、場の空気がふわりとやわらいだ。


 


「ギフト保持者として、正式に登録されることとなる。

だが、君の身柄は王家ではなく、リース伯爵家に預けるものとする」


「……えっ」

思わずしらたまが声を漏らすと、王は微笑みを浮かべて言った。


 


「君の風が吹くことで、多くの者が救われるだろう。

ありがとう――白き星の風よ」


 


その言葉は、まっすぐに胸に届いた。


その場にいた誰もが、確かに“導き”を感じていた。


 


──しらたまは、正式に“この世界の一員”として、認められたのだ。




玉座の間に穏やかな風が流れ始めたそのとき――

明るく弾けるような声が、その空気をさらにやわらげた。


 


「まぁ〜っ、可愛いドレス!ねえ、あなた……えっと、お名前なんて言ったっけ、シラ……しらたまちゃん?」


 


ひときわ目を引く華やかなドレス姿の女性が、すたすたと玉座の間の中央へと歩み寄ってきた。

金の髪を軽やかに編み込み、朝露のように煌めくブローチを胸元に飾っている。


 


「……ソレイユ」


王妃がたしなめるようにその名を呼ぶが、本人はどこ吹く風。


 


「やっぱりそう!しらたまちゃん!よかった、あってたわ!」


 


彼女は、ポリャンナ王国第二王女――ソレイユ。

市井でも“花市の王女”として親しまれている明朗快活な人物である。


 


「あなたのドレス、すごく素敵ね。ふふ、私の花祭り衣装の参考にしちゃおうかしら。

ねえ今度、衣装の相談に乗ってくれない?今年の案、どれも去年の二番煎じばかりで飽きちゃって。

でも市井の子たちは私の服を楽しみにしてくれてるから、適当にはできないし……期待に応えないといけないのよね」


 


ころころと転がるように話すソレイユに、しらたまは最初こそ戸惑ったが――

その素直で屈託のない笑顔に、自然と表情がほころんだ。


 


「……えっと、私でよければ……」


 


その言葉に、ソレイユは嬉しそうに目を輝かせた。


 


「やった!約束よ!」


 


「殿下、そろそろ――」

控えていた側近が、そっと声をかける。


「はぁい、はぁい」

名残惜しそうにしながらも、ソレイユは王妃の元へと戻っていった。


 


しらたまたちも玉座の間をあとにする。


 


城門前で馬車へ乗り込もうとしたその時――

風を切るように、ソレイユの声が城の回廊から響いてきた。


 


「しらたまちゃーん!また今度お茶しましょーう!」


 


「殿下、声が大きゅうございます!」

側仕えにたしなめられる中、ソレイユは楽しげに手を振っていた。


 


しらたまは思わず笑って、控えめに、でもしっかりと手を振り返す。


(……うん、またね)


 


馬車がゆっくりと動き出す。


その中で、いつもの調子に戻ったヴァルターが、ルーベンに問いかけた。


 


「滞在期間、延びそうだけど……ルーベンは平気かい?」


「問題ない。王都でこれほど自由に学べるなんて、またとない機会だ。

……有効活用させてもらうとしよう」


 


そのやり取りに、しらたまは首をかしげながら尋ねる。


 


「え……なんで滞在が延びるの?」


 


ルーベンが軽く呆れたようにため息をつく一方で、ヴァルターは穏やかに微笑みながら答えた。


 


「君、王女のお茶会の誘いを引き受けておいて、すぐに帰れると思った?」


 


「……あっ」


 


しらたまは、ようやくその意味に気づいて絶句した。


 


王城で吹いた“白き星の風”は、想像以上にこの世界を動かし始めていた。


王城での謁見を終え、再びリース邸へと戻ってきたしらたま。

扉を閉めた瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。


 


「ふぅ……」


部屋の机に置かれた青い宝石の香炉に、そっと火を灯す。

ふわり――スウィリアのやさしい香りが、空間を満たしていく。


 


しらたまはベッドの端に腰掛け、静かに窓の外を見つめた。

夕暮れの王都は金と橙に染まり、遠く教会の鐘が鳴っている。


 


「……わたし、ちゃんとこの国で歩いていけるのかな」


ぽつりと呟いた言葉が、宙にほどける。


 


ギフト所持者、祈りの力、流れ星の伝承――

気づけば、肩に乗っているものが多すぎて、足元が少しだけ不安になる。


 


けれどその瞬間だった。


 


ふわり、と――

窓も開いていないのに、香炉の炎が揺れた。


 


それとともに、やわらかな風が部屋を包む。


まるで、「だいじょうぶ」と囁くかのように。


 


しらたまは驚き、香炉へと目を向ける。

けれどそこにあるのは、ただ静かに香りを放つ、青と白の陶器だけ。


 


(……この香炉、やっぱりただの贈り物じゃない)


 


あの日、王都の市場で出会った小さな出会いが――

いま、しらたまの心をそっと支えていた。


 


「……うん、大丈夫」


小さく頷いて、しらたまはゆっくりとベッドに身を沈めた。


 


祈りの風は、今日も彼女のそばで、やさしく吹いている。


 


──そして明日、また新たな出会いが待っている。


それが、星の導きであると気づくのは――まだ少し先のことだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ