第百三十一話「王家主催・白の聖女との親睦茶会」
冬の陽光が、王城の温室を金糸のように照らしていた。
柔らかに咲いた冬薔薇の香りが満ちる中、
磨き抜かれたティーセットが音もなく並ぶ。
王妃イリスの号令により、
今日この場には十名を超える貴族夫人たちが集められていた。
王家主催、「白の聖女との親睦を深める茶会」。
――だが、表向きの親睦とは裏腹に、空気は絹のように張り詰めていた。
しらたまは、王妃の隣に控えていた。
白を基調とした花色のドレス。胸元から肩にかけて透けるレースは、
控えめながらも芯の強さを印象づける。
顔には微笑み。けれどその背には、数多の“占い師マウント”を超えてきた、静かな強さがあった。
「まぁ、なんて可憐なお姿……やはり、聖女様というのは、神託のお生まれかしら?」
最初に口火を切ったのは、ローズ侯爵夫人だった。扇子の影からのぞくその目は、笑っていない。
「そんな……わたしは、ただ導かれるままに……」
しらたまは柔らかに、けれども芯ある声で応じた。
「でも不思議ね。占い師としての研鑽と、聖女としての責務。
どちらも果たせるなんて、素晴らしいことだわ」
「まぁ……市井では“二兎を追う者は一兎をも得ず”とも申しますのに」
「それを覆すとは、さすが、白の聖女様ね」
――上品な言葉に包まれた、明確な“下からの圧”。
だが、しらたまの微笑みは崩れない。
「占いは祈りです。
誰かの“今日”を照らしたいという想い。
それはどの世界でも、きっと変わらないのではないでしょうか」
一瞬、場が静まる。
その一拍の間を破ったのは、朱のドレスに身を包んだソレイユ王女だった。
「しらたまちゃんの占いって、ほんとすごいのよ。
私、この前ね、すっごく当てられてびっくりしちゃった!」
「……そ、それは言わなくて大丈夫ですから、ソレイユ様……!」
貴族夫人たちの表情がわずかに揺らぐ。
王女の無邪気な一言が、冷えた表層に微かなひびを入れた。
ミネルヴァ男爵婦人がそっと話題を変える。
「そういえば……この茶葉、どちらの地方のものかしら? 香りが少し、以前と違うような……」
「ええ、確かに……仕入れ元が変わったのかしらね?」
王妃が笑みを浮かべたまま、さりげなく目を伏せる。
それは、しらたまにも伝わった。
――情報の交差点。
この茶会は、言葉と視線の網の中で、“何か”を探っている。
「茶葉も、菓子も、装飾も……そして人も、少しでも変わればすぐ分かる。
貴族の奥方たちは、そういう“気配”を読む目を持っていますものね」
しらたまの言葉に、何人かの婦人が息を止めるのが分かった。
ベアトリクス伯爵夫人がくす、と笑う。
「……ふふ。聖女様。あなた、思っていたよりずっと、鋭い方のようね」
「いえ、ただ……空気を読むのは、街角の占い師の基本でしたので」
湯気の上がるティーカップ越しに交わされる、静かな剣戟。
それでもこの日、誰ひとりとして明言はしなかった。
けれど確かに、王都を蝕む“毒”の影は、この会話の隙間に存在していた。
午後の陽が、温室の天窓を斜めに射し込む。
光と影が、まるで誰かの心の奥底を映すように、床のモザイクを染めていた。
「白の聖女様。……お紅茶をもう一杯、いかがかしら?」
ひとりの婦人が、控えめな声音で声をかけてくる。
ロンドール公爵家の令夫人。貴族の中でも一際古い血筋を持ち、
王妃イリスとも旧知と噂される人物だった。
「ありがとうございます。いただきます」
しらたまは礼儀正しく応じ、カップを手に取った。
その動作の一拍の隙に、夫人がそっと囁く。
「……本日のお茶、ほんの少し、“苦味”が強いと思われませんでしたか?」
一瞬の無言。
しらたまはカップの縁に唇を添えたまま、微笑を浮かべた。
「そうですね……ですが、苦味があるからこそ、後に甘さが際立つこともございます。
大切なのは、その“違和”に気づける感性だと思います」
夫人の目が細められる。試すような、あるいは確かめるような目だ。
──この婦人は、気づいている。
王妃も、視線の端で二人を捉えていた。だが、止めはしない。
それは、王家が「毒をあぶり出す」意図で開いたこの茶会の一幕だからだ。
やがてティータイムは終わりを迎え、各婦人たちが優雅に席を立ち始める。
リース女史が小さく頷き、ソレイユが「成功ね!」と嬉しそうにしらたまの手を取る。
その片隅で──ロンドール夫人が、しらたまの袖にそっと封書を滑らせた。
「貴女の“祈り”が、本物かどうか……ぜひ、確かめたくて」
「……お心に、感謝いたします」
しらたまが微笑を返す。
だがその手の中にある封筒は、確かに異質だった。
王国の印ではない。
ワックスの刻印には、見覚えのない古い紋章──薔薇と杖の意匠。
──これは、王都の“別の流れ”だ。
お茶会の華やぎの裏で、静かに繋がれた一筋の糸。
それは、再び起ころうとしている“嵐”の、前触れでもあった。




