表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/309

第九十三話「風の導き、絶望の塔へ」


「なんだ……?」

 ユリウスの眉がぴくりと動く。


「これは……地響き……?」

 ヴァルターの声が、地面の震えと共鳴する。


 そのとき、解放軍が合流してきた。

 環が笑顔で声をかける。


「おう、そっちはどうだった!」


 だが、アピオスは一言も返さない。

 環が怪訝な顔で問い直す。


「どうした……?」


 アピオスはうつむき、声を絞り出した。


「……族長たちが皆、自害していた」


「……なんだって?」

 ヴァルターの顔色が一変する。


「族長たちだけじゃない。神官たちも……皆、笑顔で逝っていた」

 アピオスの目には、理解不能の恐怖が浮かんでいた。


「……まるで、救済でも得たかのような……幸福の、死だった」


 その場の空気が、凍りついた。


 ――そのとき、再び地が唸る。


「……地響きが、まだ続いている」

 ユリウスが低く告げる。


 アピオスが辺りを見回す。

「地響き……?いや、まさか――」





 王都地下――

 牢の底から、淡い光が広がり始める。


 幾何学のような魔導紋が、禍々しく浮かび上がり、 

 空気そのものが粘りつくような圧力を持ちはじめた。


 それと同時に、地上にも光があふれ出す。

 街の至るところに、謎の光の柱が現れた。


 市民たちはなお、呪詛にも似た言葉を繰り返し、光の中で動こうともしない。

 軍と解放軍はギリギリで光の外縁に退避した。


「なにが……起きてるんだ……」

 ヴァルターがつぶやいた。


 そして。


 “それ”は姿を現した。


 人の四肢を、頭部を、身体ごと練り固めたような――

 粘土細工のように無数の人間がねじり込まれた、異形の塊。

 肉が軋み、関節が不自然に動き、眼球だけが光を宿している。


「悪趣味すぎる……」

 ルーベンが青ざめた顔で言う。


 環が嘲るように叫ぶ。

「これ考えたやつ、医者に診てもらったほうがいいぜ……マジで!」


 ユリウスの顔が強張る。


「フランキンセンス」

「はっ。……おそらく、“アンデッド”の上位種かと」

「対処は可能か」


 フランキンセンスは苦い顔で返した。

「最前は尽くしますが……後退の準備もご指示を」


「わかった」

 ユリウスは短く頷いた。





 ――王都中央聖域、かつての塔の最上階。


 そこには、囚われの白の聖女・しらたまがいた。

 彼女は手錠に繋がれ、窓辺から王都を見下ろしていた。


 そして、耳に届いたのは――

 下界から響く、地獄のような音。


「そんな……こんなことって……」


 唇を噛むしらたまに、背後から軽やかな声が投げかけられた。


「どう? 生きながらにしてキメラにされる人間の魔物。

 混沌と絶望が混ざりあって、じつに美しいと思わない?」


 そこに立っていたのは、第五王子ランスーン。


 その顔は、喜悦に満ちた天使の仮面を被った悪鬼そのものだった。


 隣に控えるリゾナンスは、何も言わず、ただ静かに眺めていた。


「しらたまちゃんは、ちゃんと見ててね。

大切な人たちが、君の目の前で消えていく。

その絶望と恐怖――ちゃんと、刻み込んであげるからね」


 その“笑顔”には、愛も祈りもなかった。


 ただ、壊すことに歓びを覚える、空虚な悪意だけが残っていた。





 地響きと悲鳴が入り混じる戦場。

 解放軍も、ポリャンナ軍も、キメラの前に為す術なく、ただ動きを鈍らせるのが精一杯だった。


「おい、足元……なんだ、あれ」

 環の声に、ルーベンが目を凝らす。


「……酸、だ!高熱の酸が滲み出ている!」


 キメラの脚元から泡立ちながら流れるそれは、触れるものすべてを溶かしていく。

 泡の弾ける音と同時に、耳をつんざくような叫び声が上がる。

 それは、キメラのものか、あるいは取り込まれた者たちのものか――誰にも判別できなかった。


「高温性の酸です!このままでは……!」

 バニラが叫ぶ。


「撤退だ」

 ユリウスの冷徹な声が戦場を引き締める。


 だがその中で、ひとりだけ前を向いたまま立ち止まっている者がいた。

 ヴァルターだった。


「……僕は、このまま進む」


「ヴァルター!!無茶だ!!」

 セージの声に、ルーベンが続く。


「でも……やるさ。そのために来たんだ」


「おう!俺も行くぜ!」

 環が叫ぶ。


「本気か、ヴァルター」

 ユリウスの目が、淡く光る。


「僕は、いつだって本気だよ、ユリウス」


 しばしの沈黙の後、ユリウスは背後の参謀へ声を投げた。


「フランキンセンス、バニラ――あとどのくらい、もたせられる」


「どんなに引っ張っても30分」

「延長の用意ができれば、プラス30分いけます」


「ヴァルター。――1時間で戻ってこい」

「……ありがとう。行こう、ルーベン、環!」


「おう!」

「ああ!」






 王都、中央聖域。

 塔の最上階、重厚な扉の奥にしらたまは囚われていた。


「兄ちゃん、危ないっ!! 」


 窓から見えた仲間の姿に、しらたまの心が突き動く。


「やあやあ愚かなやつらが来たぞぉ!」

 ランスーンが高らかに笑う。


「ねえ、しらたまちゃん、あいつら大事なんでしょ?

だったら、あいつらがいなくなったらどうなると思う……?」

 その声は、狂気の中で甘く染まっていた。


 一瞬、しらたまの瞳が揺れる。


 けれど――


「ならない!!そんなことには、絶対にならない!!」


 塔の窓から、声を張り上げる。


「ヴァルター!!ルーベーン!!兄ちゃーん!!」





「聞こえたかい?」

「……ああ、間違いない」

「まだ元気そうだな!」

 風を受けながら、三人は空へと駆け上がっていく。


「あの塔の上か」

「遠回りじゃなきゃ行けないのが辛いな」

「なあヴァルター!風でびゅんっ!と飛んでひゅっ!と行くのはどうだ?」


 環の冗談めいた提案に、ヴァルターは静かに笑う。


「さすがに……いや、まて」

 手元の魔力増幅の腕輪を見る。


「……できるかもしれない」






 ランスーンは余裕の笑みを崩さない。

「無駄だよ。塔の下にはアンデッドがぎっしりだ。扉を開いたら“詰み”。即終了なんだよ?」


 だが、しらたまは微笑んで言った。


「大丈夫。ヴァルターたちは――絶対に来る!!」


 その瞬間、風が、塔を包んだ。


 強く、渦を巻きながら天を駆ける旋風が、上空へと舞い上がる。

 その風に乗って、三つの影が塔の上空に現れる。


「――迎えに来たよ、しらたま!!」


 塔を貫く風は、祈りに応じた“希望”だった。

 ついに――再会の時が訪れる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ