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第二話 「剛腕の勇者」①

 あくる日の昼下がり。


 「今日の昼ごはん何~?」


 シアさんがいつものように献立の内容を尋ねてくる。


 ここで働き始めて早一カ月が経とうとしているが未だにお客さんが呼び鈴を鳴らすことはなかった。だが身の回りの御世話をしていくことで二人のことについての好みや趣向への理解が日に日に増えていくのが嬉しかった。


 例えばオッドさんは朝一番のコーヒーをとても楽しみにしているということ、シアさんのコーヒーはそのまま出すと熱すぎていつまでたっても飲めないので氷を一つ入れること。

 オッドさんは甘いものが苦手で逆に辛い物が大好きなこと。シアさんは今はこれを食べたいと決めると頑としてでもそのメニューを作らせようと譲らないこと。


 一度、どうしても今日は魚のパイが食べたいからと言われたが在庫がなかったため断ると、「待ってなさい」と裏の海の方へ行き魔法で海を割り魚を大量に打ち上げてそこら中にばらまいたのには驚愕した。あの時のオッドさんの呆れた顔とシアさんの勝ち誇ったような顔を見ると今でも笑いがこみ上げる。


 そんなこともあり毎度おなじみのシアさんの献立の問いには少し緊張するのだが今日は自信作なのでこちらも譲る気はさらさらない。


 「今日は水牛のパスタです。チーズをたっぷりいれたやつです。」


 シアさんは私の野菜を切る手をジッと見つめながら一瞬間を置き軽快に返事を返す。


 「・・・」

 「ふーん、悪くないんじゃない?」


 (やった!、この反応はすごく楽しみな時だ!)


 「あと三十分くらいでできるのでもう少し待っててくださいねー」


 「頼むわ~」


 日々の何気ない会話で二人との距離が縮まってきているような感覚がとても心地よかった。未だ来客は0だがそれを見かねたシアさんが他言無用を約束に様々な魔法を見せてくれたりもした。最近になってそれも、毎日決まった仕事をする私への気遣いなのだと理解できた。おかげで教会で暮らしているときよりも刺激的な毎日を送れていることは間違いない。


 いつも通りの昼食を済ませ片づけをしていた時に聞き慣れた呼び鈴の音が鼓膜を響かせた。


 (何か荷物頼んでたっけ...?)


 毎度おなじみの配達屋の届け物だと思いつつも返事をしながら開けた扉の外にいたのは見慣れぬ男性であった。


 「勇者の悩みを解決してくれるというのは、ここで合っているか...?」


 扉を開けて開口一番の言葉に一瞬脳内がフリーズしたが、すぐに状況を理解し振り向き店の奥へいるオッドさんを呼び立てた。


 「おっ、お客さんかな?、いかにもうちが勇者の相談所でございます。とりあえず中へどうぞ」


 男は促されるがまま中に入りソファーへ腰掛けた。オッドさんは男の正面に座ると、初めてのお客さんにそわそわしている私を見かねて振り向きながらいつもの笑顔で語り掛けてきた。


 「アズちゃん、お茶を用意してもらっていいかな?」


 オッドさんの問いかけにハッとし私はすぐさま返事を返す。


 「は、はいっ、今すぐ!!」


 私は急いでキッチンへと小走りで向かいお茶の準備を始めながら後ろで始まっている二人の会話を耳を澄ませながら聞いた。


 「どうも所長のオッドです。...で、いきなり本題ですがお悩みというのは?」


 男は軽く咳ばらいをしながら話し始めた。


 「あぁ...まず俺は『剛腕の勇者』だ。この両腕に力を込めて殴ることによって数多の魔物を粉砕してきた。住んでいる村の近くに湧いていた魔物も一掃でき、農家として平和に暮らしていた時のことなんだが...ある日近くの山で良質な鉄鋼が見つかってな、村から手が空いているものを十数人募って鉱夫として採掘に回ることになったんだ。俺も家の農業を弟に任せれたから是非俺の勇者の力を人夫として使ってほしいと立候補したまでは良かったんだが...」


 男がそこまで話したところで今まで黙って聞いていたオッドさんが急に話を遮った。


 「村の方たちはあなたが勇者だということはご存じなんですか?」


 急な質問に一瞬の戸惑いを見せた男であったがすぐに質問の意図を理解しまた話を続けた。


 「あ、あぁ...家畜を世話しているときに急に目覚めたこの力だったんだがな、村の人たちは変わらず接してくれたよ。魔物が出た時も俺の負担にならないようにと村総出で戦ってくれたりもした...ある日力の加減がわからずに建物を破壊してしまった時があってな。そんなときもみんなは笑って許してくれたよ。」


 オッドさんは男の話に口角を上げる。


 「素敵な村ですね...」


 「俺にはもったいないくらいだよ...ただな...あの日に、やってしまったんだ...」


 私はようやく湧いたお茶を二人の前に並べながら去り際に男の顔を覗いた。

 優しい顔つきの男であったが急に表情が一変し、苦虫を嚙み潰したかのような顔つきになった。


 「さっき鉱夫に立候補したと言ったろ?」

 「・・・」

 「採掘中にな、やってしまったんだ...力の制御が利かずに殴った岩肌は徐々にひび割れ、落盤を...起こしてしまってな、何人かに...怪我を負わして...しまったんだ...幸い死人は出なかったんだが...」


 「心中お察しします...」


 オッドさんの言葉に反応はなく、その様子から男の悲痛な心情が私にも理解できた。


 「その時も、怪我で済んだんだから気にすんな、と村のみんなは俺を気遣ってくれたんだが...いたたまれなくてな、それでここの噂を聞いて相談に来たんだ。」


 真剣に話を聞いていたオッドさんは手で顎を触りながらしばらく考えそれから男に問いかけた。


 「つまり勇者の力の制御を享受したいと、そういうことでいいですか?」


 「あぁ。俺にとって村の人たちはかけがえのない存在んだ。また...あの人たちの役に立てることが俺に...まだあるのだとしたら、なんだってする...!頼むっ!俺を、俺を救ってくれ...!」


 わたしはただならない緊張感で事の顛末を後ろで聞いていた。初めての来客に心が高なっていた不埒な感情はいつの間にかどこかへ消え去っていた。正直一から十まで話を聞いても私が彼の力になれることは微塵も思いつけない。だがきっとこの悩みもあっという間に解決してしまうんだろうと、一緒に暮らすわたしにとってオッドさんはただならぬ説得力のある存在になっていた。


 しばらくの間、沈黙が場を包んだかと思うとその重苦しい空気を割るようにオッドさんが口を開く。


 「依頼内容承知しました。ですが今回は...」


 「?」 「?」


 突如訪れた‘間’に私と男はきょとんとする。


 「あなたのお悩み、新人の彼女に一任していただいてもよろしいでしょうか?」


 オッドさんの指差す先には間違いなく私がいた。

 放たれた言葉は一度私の耳を通り抜け壁に跳ね返ってその言葉の重みを増すかのように再び私の脳内へ響き渡った。


 「わ、わ、わたしですか???!!!!」

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