始めに
衝突。
人が舞った。
その光景を僕は眺めていた。地面に着地して動かない少女の姿を網膜に焼き付けていた。
一体何が起きているのか理解できない。ゴムの焼けた匂いと、震える足と腕と、歯がガチガチ鳴っている。
ああ、そうか。車に轢かれたんだ。僕をかばって、だから僕は無事でお姉ちゃんは冷たいアスファルトに倒れてるんだ。
なら、これからどうすればいいんだ?これから夕飯を一緒に作るんだよ?それで………それで?それそ、ソレソレソレで………えと、だから、あ、あの…………だから、ウゴイテよ。
ほとんど焼けついて使い物にならなくなった頭から出た願いが叶ったのか、お姉ちゃんは両腕で突っ張って体を起こそうとしている。だが、産まれたての小鹿のように立ち上がれない。
手が何かに滑ってるような感じ、腕も、服も、顔も、真っ赤に染まってる。夕焼けに焼かれたその姿は凄惨で当たり前にどこまでも悲惨で、動けない僕はどこまでも惨めだった。
「…………えへへ」
彼女が笑っていた。何故笑ってるのだろう、全く解らない。面白いことなんて一つもない。
「ゆう………くん…」
次にゆっくりと僕の名前、彼女からの呼称を呟いた。そこで僕の記憶は切れる。ここでよく比喩に使われるテレビのスイッチを切ったように、ではなくゆっくりと記憶が薄れていくのだ。辛い痛みを胸に傷として残しながら消えていく。