第三十話 僕は天才かもしれません!
海洋交易都市に到着し、無事に宿を取ったラテル一行。
各部屋に身体洗い場があると聞き、女である事を隠したいラテルは喜びましたが……?
どうぞお楽しみください。
幸い宿には一人部屋の空きが十分あり、ラテル一行はそれぞれ部屋に入りました。
「ちょっと狭いけど、うん、綺麗だし、いい部屋! さーて、早速身体を洗おうかなー」
ラテルは機嫌良く荷物を置き、服を脱ぎます。
そして奥の小さな部屋の扉を開けました。
「……えっ、と……?」
そこには天井近くに大きな桶、そこから伸びる弁付きの管、それと壁につけられた出っぱりに乗せられた石鹸だけ。
本当に身体を洗うだけの部屋でした。
「……こ、これって、中身、水、だよね……。冷たい、よね……」
ラテルは奥歯を噛み締め、覚悟を決めて弁を捻ります。
「わぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!? つつつ冷たいー!」
予想以上に冷たい水に、ラテルは悲鳴を上げました。
慌てて弁を捻って水を止めると、石鹸を泡立てて身体を洗います。
「……」
身体を洗い終わったラテルは、先程よりも時間をかけて覚悟を高めると、再び弁を開きました。
「ひっひひひっ、つ、冷っ、冷たっ、ひひっ」
痺れるような冷たさに、変な笑いが漏れるラテル。
必死に身体をこすり、一秒でも早く泡を洗い落とそうと必死です。
「おっおおお終わりっ!」
大急ぎで水を止めると、ラテルは身体洗い場を飛び出し、急いで身体を拭いて服を着ました。
しかし冷えた全身は震えが止まりません。
「な、なな何かああ暖まらないと……!」
そこでラテルの頭に閃きが走りました。
「数多に散る火の精霊よ……! 我が手に集いて力を示せ……! 火球……!」
手のひらに生まれた火の玉。
ちりちりと音を立てる火が、暖かな光と共に温もりを
ラテルにもたらします。
「あったかい……!」
しばらくそのまま火の玉を維持していると、身体から震えがなくなりました。
魔法の新たな使い方を思いついた事に、ラテルの気持ちは高揚します。
「そうだ! 皆にも教えてあげよう! 寒がってたらあっためてあげよう!」
意気揚々と部屋を出るラテル。
まずはソレイユの部屋の扉を叩きます。
「ソレイユー!」
「どうしたラテル?」
扉を開けたソレイユは、まだ鎧兜を身に付けていました。
ラテルは勢い込んで話します。
「あのね、身体洗い場見た!?」
「あぁ。本当に身体を洗うだけという感じだったな」
「そう! で、使ってみたんだけど、水が冷たくて! でもね、火球の魔法を手の中で維持したら身体があったまって、止まらなかった震えも止まったんだ!」
「ほう、それはすごいな」
「うん!」
「なら私が使う時には、ラテルに桶の水を温めてもらおうかな」
「うん! ……え」
ソレイユの言葉に、より有効な魔法の活用法に気付かされ、目が点になるラテル。
「……そっか、そうだよね……。最初から魔法で水を温めておけばよかったんだよね……。ははっ、僕何をはしゃいでたんだろう……」
陰が差したラテルの顔に、ソレイユは慌てて盛り立てようとします。
「い、いや! ラテルの着想があったからこそ思い付いた訳で、魔法の素晴らしい活用法だと思う!」
「……本当に?」
「あぁ! ただ魔物との戦いに使うだけでない活用方法は、魔王を退治した後にも役に立つ! 他には真似のできない良い発想だ!」
「そ、そうかな……」
少しラテルの気分が持ち上がって来たその時でした。
「よーラテル、旦那。ここの身体洗い場の水冷てーからよ、使う前に俺様があったかくしてやるぜ」
「え」
「あっ」
エトワルの言葉で、ラテルの顔に再び陰が落ちます。
「エトワル……! ありがたい申し出だが、今は……」
「え、俺様、何か悪い事言っちまったか?」
「……いいんだ、僕がばかなだけだから……」
「いや、ラテル、君は何も悪くなくて……」
「え、え、どういう事だよ……。説明してくれ……」
「ふふ、へへ……」
陰を濃くするラテル。
頭を抱えるソレイユ。
状況に戸惑うエトワル。
地獄のようなひと時は、
「支度できた。食事に行く」
リュンヌによって破られました。
「よ、よし! ラテル! 美味しいものを食べよう! そうしたら気分も良くなる!」
「そ、そうだな! 何だかわかんねーけど、旨いもん食ったら大抵元気になるからよ!」
「どうしたラテル。機嫌悪い」
「……何でもない。行こう……」
落ち込むラテルを囲んで、三人は食堂へと向かいます。
食事がラテルの気分を高めてくれると信じて……。
読了ありがとうございます。
すごい大発見をしたような気分の時に、「え、それ普通……」と言われた時のあの恥ずかしさ。
闇を抱えるのも無理はありませんね。
次話もよろしくお願いいたします。