第二十三話 駄目駄目なんて言わせません!
盗賊の親分の半裸筋肉に動揺し、攻撃魔法を乱発したエトワル。
その後「風に当たる」と見張り台に登ったエトワルは何を思うのでしょうか。
どうぞお楽しみください。
塔の天辺の見張り台。
エトワルの帽子とローブが、草原の風に撫でられてはためいています。
「……」
無言で地平線を見つめるエトワル。
道化師の仮面に隠されたその表情を窺う術はありません。
そこに階段を登ってくる足音が聞こえました。
「……ラテルか」
「わ! すごい! 何でわかったの!?」
振り向きもしないで言い当てたエトワルに、ラテルは驚きの声を上げます。
その無邪気な声に、エトワルの声から硬さが少し取れました。
「当たり前だろ。旦那なら鎧の音がするし、リュンヌならそもそも足音がしねー」
「あ、そっか! やっぱりエトワルはすごいね!」
「……んで、何しに来た?」
エトワルの声にはいつもの自信がありません。
悪戯が見つかった子どものような、怒られる事に怯えているような、許される事を期待しているような、どことなく弱々しい感情が乗っていました。
しかしラテルは、
「ひゃー! 良い眺め! 風も気持ちいいね!」
「……え? ラテル、お前……、え?」
「あ! あそこに船が見えるよ! おーい!」
「……?」
見張り台からの景色にはしゃぎ、遠くを通る船に手を振ります。
さっきの暴走を咎められるのだと思っていたエトワルは、どうしたらいいのか分からず首を傾げました。
「……え、お前、景色見に来たのか……?」
「うん! 全員縛って親分も回復させたら、ソレイユが『折角だから見張り台も見て来たらどうだ?』って!」
「……旦那……」
ラテルが気付いていないソレイユの意図に、溜息をつくエトワル。
「ラテル……。お前、さっきの俺様の魔法を見て何か思う事はねーのか……?」
「あ! さっきの魔法!? すごかったね! 火がばーってなって、吹雪がびゅーってなって、風がしゅぱしゅぱってなって、最後は爆発魔法がどかーんって!」
「え、あ、うん、ありがと……?」
「格好良かった! それにあれだけ魔法を当てても、盗賊の親分はひどい怪我はしてなかった! 縛った後回復しながら、すごいなって思ったんだ!」
「……そう、か……。いや、俺様は凄くないんだ……」
上がりかけたエトワルの声が、再びじわりと沈みます。
「何で? あんなにいっぱい魔法を使えるのに」
「……だからだよ。詠唱しなくても魔法を使える俺様は、その気になれば考えるだけで人を殺せちまう……」
「!」
「だから常に余裕で、常に強気で、動揺しねーように、必死にならねーようにしなきゃいけねーってのに……。駄目駄目だな、俺様は……」
「そんな事ないよっ!」
「!?」
「魔法で無闇に人を傷つけないように頑張ってたんでしょ!? だからここでも眠りの魔法で、盗賊を怪我させないで捕まえられた! すごいんだよエトワルは!」
「ら、ラテル……」
「親分にはちょっと失敗したのかもしれないけど、一回の失敗で今までの頑張りが全部駄目になるわけないっ! 誰が何言ったって僕が言い返してやる! エトワルはすごいって!」
「……」
闇に沈んでしまいそうな声と気持ちを、ラテルの声が吹き飛ばしました。
エトワルの仮面が小刻みに震え、
「あっはっはっはっは!」
空を仰いで高らかな笑い声が響きます。
それを見たラテルの顔が嬉しそうに笑いました。
「……安心しろよ。そんな事言う奴がいたら、ラテルが言い返す前に俺様がこてんぱんにしてるからさ」
「そうだね! エトワルは強いもん!」
「……ありがとな」
「? 何が?」
エトワルの言葉にきょとんとするラテル。
「へっ、何でもねーよ」
帽子のつばを少し上に上げたエトワルは、もういつもの堂々とした姿を取り戻していたのでした。
読了ありがとうございます。
筋肉がなかったら即死だった……。
まぁ殺してないからセーフ。
やはり筋肉……!
筋肉は全てを解決する……!
次話もよろしくお願いいたします。