宇宙で一番いらないこ
「止まりなさい!」
朋は自分の右目の前に両手でシャーペンを突き付けると大声を上げた
男の動きがぴたりと止まる。
『何のつもりだ、女』
青い目をぎらつかせて、男が例の不思議な声で訊いた。
「見れば分かるでしょ。それ以上近づいたら、私は自分で自分の目を潰す」
男は黙っている。
「残念だけどあなたの欲しいものは手に入らないわ。諦めて帰ってくれないかしら?」
雨が朋と男の服をどんどん濡らしていく。朋は男の青い目を見据えたまま動かない。
『お前みたいな小娘にそんな度胸があるとは思えない』
「試してみる? いいわよ、私、本気だから」
本気だった。朋はぎりぎりまでシャーペンの先を目に近づける。
(こんなヘンタイに乱暴されるよりずっとマシ。それに)
それにこの男は先程「両目」と言った。そうだとすると片目がダメになった時点でこちらへの関心をなくす可能性もゼロではない。
その場合、最悪片目は残る。試してみるに足る考えは、あの一瞬ではこれしか思い浮かばなかった。
朋の頬に、雨に交じって熱い物が流れた。
自分は怖いのだろうか。勝手に涙があふれてくる。けれど頭まで感情が上ってこない。怖いと感じる余裕すらないのかもしれない。
今はただ、男を睨みつける。その気力を振り絞るだけで精一杯だった。
どれくらいそうしていただろう。
『フン。気の強い女だ』
突然そう言い放つと、男はがくりと膝をつきそのまま地に倒れた。
男が倒れても、朋はしばらくシャーペンを目に突き付けた姿勢を崩さなかった。いや、崩すことができなかった。