宇宙で一番いらないこ
黒い滑らかな毛並みに大きな青い眼。こんなに綺麗な猫なのに足が不自由というだけで、受け入れてもらえなくなってしまうのか。
「そう。私たち、いらないこ同士ね」
笑いかけると「ニャー」とまるで言葉が分かっているかのように子猫が鳴いた。
「自分のことそんな風に言うなよ」
たしなめるように唯則が言った。
けれどそんな慰めの言葉を素直に受け止められる程、朋は平静ではなかった。なんと言っても、靴は今日無くなったのだ。つい反論してしまう。
「本当のことだもの。私、学校では幽霊みたいで、誰とも一言も話さないんだから。それって誰も私のことはいらないってことでしょ」
「朋……」
「いいの。私だって誰のこともいらないから。他人なんていらない。私は独りで生きていく」
下駄箱を開けた時、靴が片方しかなかった。あの時の心の冷え方を、どう言えば唯則に伝わるだろう。
革靴と上履きを履いて、帰りの電車に乗る時の屈辱をどう表現したらいいのだろうか。
いつもだったらすぐに入っていける保護猫カフェの前で何十分も立ちつくしてしまった。何故なら恥ずかしかったからだ。いじめられているなんて本当は誰にも言いたくない。学校でうまく人間関係が築けなかっただなんて、友達が一人もいないなんて、そんな恥ずかしい話、本当はしたくなかった。
「朋、独りで生きていける人なんて、この世界に一人もいないんだよ」
唯則が真剣な目で言ってくれる。だが朋は首を横に振った。
「ありがとう唯則。でもいいの。人間が独りで生きていけない生き物だっていうんなら、私は死んだっていい」
「死ぬって、そんなこと言わないで」
「……もう帰るね」
できるだけ唯則の顔を見ないようにしながら、朋は膝の上にいる子猫を床に降ろし、席を立った。
子猫が何かを訴えるようにニャーと鳴いたが、朋は振り返らなかった。