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そして、
「勇者さんの噂は聞いてたっす! すごいイケメンだって! 会える日をずっと楽しみにしてて、『今日こそ空間転移されるかな?』と、いつもワクワクしてたっす! で、実際に会ってみたら、噂通り――ううん、噂以上のイケメンっぷりだったっす! 自分、今まで一度も恋愛した事ないっす! だから、死ぬ前に擬似恋愛がしてみたいっす! 勇者さんみたいなイケメンと!」
と、明るく言った。
勇者は、ラリサの目を真っ直ぐに見詰めると――
「断る」
「!?」
――と、冷淡に言った。
「な、何でっすか!? 今の流れだと、OKする感じじゃないんすか!?」
と、慌てて訊くラリサに、勇者は、
「俺は、忙しいんだ。そんな事をしている暇はない」
と、素っ気なく答えた。
ラリサは、
「もう、魔王もいないじゃないっすか! それに、モンスターの残党狩りだって、別にどこかに遠征に行くとかじゃなくて、勝手に空間転移されて来るモンスターを一瞬で倒すだけっすよね? 勇者さんなら、きっと、魔王討伐の報奨金とかもたっぷり貰ってそうだし、時間はあるんじゃないっすか?」
と、必死に捲し立てる。
しかし、勇者は、
「俺は、デートで忙しい」
と言った。
ラリサは、
「そ、それなら、自分と――」
と言い掛けるが、その言葉は、勇者の、
「嫌だ。お前とはデートしない」
という声で遮られた。
ラリサは、
「……自分が、モンスターだからっすか……?」
と訊ねると、勇者は、
「そうだ。モンスターなんかとデートする訳がないだろうが」
と、冷たく言い放った。
と同時に、二年半前、目の前で死んだ桃色の長い癖っ毛の少女の事が、勇者の脳裏を過ぎった。
(モンスターは敵だ……! 全部、俺が殺してやる!)
最近は下火になっていたが、魔王を討伐するまで、毎日心の中で燃え盛っていた憎悪の炎が、久し振りに燃え上るかに思えた。
が、眼前で俯いて肩を落とすラリサを見た瞬間に、何故か憎悪は小さくなっていった。
そして、勇者は、
「お前とデートしない理由が、もう一つある」
と言うと、こう続けた。
「俺は巨乳が好きなんだ。だから、貧乳とはデートしない」
「!?」
思わぬ理由に、ラリサは顔を上げて、自分の慎ましい胸を触りつつ、
「む、胸の大きさで女を選ぶんすか!?」
と、声を上げる。
勇者は、
「自分の好みの子を選ぶのは当たり前だろうが。俺は完璧なルックスを持っていながら、魔王を倒すまではと、女の子に手を出すのは我慢して来たんだ。自分の好みドンピシャの可愛い子とデートして一発ヤリたいと思うのは当然だろうが」
と、平然と言った。
ラリサは、半眼で、
「うわ~。結構ゲスい事を、平気で言うんすね、勇者さん」
と、突っ込んだ。
勇者はそれを無視しつつ、
「という訳だから、俺とデートしたいなら、人間になって、あと巨乳になって出直して来い」
と言った。
ラリサは、
「無茶苦茶っす! そんなの、出来る訳ないっす! 横暴っす!」
と、喚き立てる。
そして、
「自分とデートして欲しいっす! きっと楽しいっすから! デート! デート! デートデートデートデートデートデートデートデート!」
と、駄々をこね続けるラリサにウンザリしていた勇者だったが、
(ちょっと待てよ……コイツ……もしかしたら、使えるかも……!)
と、何かを思い付いた。
勇者は、
「そこまで言うなら仕方ないな。デートに連れて行ってやる」
と言った。
ラリサは、
「本当っすか!? やったぁ!」
と、飛び上がって喜んだ。
勇者は、
「と、その前に。お前って、何のモンスターなんだ?」
と聞いた。
ラリサは、
「分かんないっす」
と、あっけらかんと答えた。
「いや、お前、自分の事だろうが……」
と、思わず突っ込む勇者。
ラリサは、
「しょうがないんす! 魔王様は、魔力でモンスターを生み出した後は、基本的に放置するっす。その場に他のモンスターたちがいたら、自分が何のモンスターか教えて貰えると思うっすけど、自分は生まれた時からずっと一人だったっす。だから、分かんないっす」
と言うと、
「何のモンスターかは分かんないけど、自分と似た感じのモンスターが、他のモンスターから〝低級モンスター〟と言われているのは目撃した事があるっす。だから、自分もきっと低級モンスターっす。それだけは分かってるっす!」
と、言った。
勇者は、
(『低級モンスター』ねぇ……)
と、ラリサが身に纏っている、明らかに上等なドレスを見ながら思った。
ラリサは、訝し気な勇者の様子には気付かずに、
「そう言えば、勇者さんの名前は何て言うんすか?」
と聞いた。
勇者は、
「お前には教えん」
と冷淡に言った。
名前を教えて貰えないのは予想外だったらしく、ラリサは、
「何でっすか!? ただ名前を教えるだけっすよ?」
と、食い下がる。
だが、勇者は、こう言った。
「名前は、呪術魔法に使われる可能性があるからな。悪用される危険性を考慮して、俺は冒険者パーティーの仲間たち以外には教えていない。ましてや、モンスターなんかに教える訳が無い」
その言葉に、
「そんなぁ……」
と呟き、表情を曇らせたラリサだったが、
「でも、デートに連れて行って貰えるっす! それで良しとするっす!」
と、顔を上げた。
そんな勇者たちを、密かに路地裏から見ている者がいたのだが、勇者とラリサはどちらも気付かなかった。