5
いつものように、反射的に勇者は背中の聖剣を抜き、一閃した。
それで、いつも通り、モンスターが死ぬ。
――はずだった。が――
キン。
「?」
金属とぶつかったかのような音と共に、世界最強の硬度と切れ味を誇る聖剣が弾かれた。モンスターは、傷一つ負っていない。
だが、勇者は慌てない。
再び聖剣で斬り掛かる。
今度は、連続で。
キン、キン、キン、キン。
しかし――
「!」
――全て弾かれて、モンスターにダメージを与える事は出来ない。
「……あの……」
勇者は意地になり、いつもは使わない〝闘気〟を身に纏った。
勇者の身体が光に包まれる。
〝闘気〟とは、戦士が何年も修行した上で得られるかどうか、と言われているもので、これに包まれると、身体能力が格段に上がり、使用者の攻撃力と防御力共に、人智を超えた領域に辿り着く事を可能とする。
更に、〝闘気〟に覆われた剣で斬る事で、破壊力が恐ろしく上がるのみならず、魔法やドラゴンの息を掻き消す事も出来る。
普段使わない〝闘気〟を用いて、勇者が連続でモンスターを攻撃する。
キンキンキンキンキンキンキンキン。
だが――
「!!」
――それでも、眼前のモンスターには通用しなかった。
「……あの……勇者さん……」
勇者は苛々して、闘気を一気に膨張させた。
そして、目にも止まらぬスピードで、上段、中段、下段の構えから、左右、垂直、水平、斜めに、薙ぎ払い、振り下ろし、必殺の斬撃を繰り出して行く。
キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ。
――が。
「!!!」
――そこまでしても、一切攻撃が通じなかった。
「……勇者さん! 自分の話を聞いて欲しいっす!」
と、そこで漸く、目の前のモンスターが、自分に話し掛けている事に気付いた。
勇者は手を止めて、モンスターを初めてまじまじと見た。
それは、美少女――のような姿をしていた。
艶やかな黒髪セミロングに、闇夜を思わせる吸い込まれそうな麗しい黒目。
角が二本、それに細長い尻尾があり、漆黒のドレスを着用している。靴も黒色だ。
(悪魔族か)
と、勇者は思った。モンスターの中には、獣人族や悪魔族など、様々な種族がいるのだ。
ちなみに、大通りを行き交う人々は、このような状況に慣れているのか、特に混乱もせず、ただ勇者から出来るだけ距離を取りつつ、大通りの端を歩いて行く。
勇者は、モンスターを観察しながら、
(でも、この感じ、どっかで見たような……何だっけ?)
と考えていたが、モンスターに、
「最初に言っておくっす」
と声を掛けられた事で、思考が中断した。
モンスターは、
「自分、生まれ付き、どんな攻撃も効かない体質なんで、もう襲って来ないで欲しいっす」
と続けた。
その言葉に、勇者は、
「ほう」
と、片方の眉を上げると、モンスターに対して手を翳し、
「『炎槍』」
と、唱えた。
と同時に、無数の炎槍が勇者の頭上に出現し、一斉にモンスターに向かって飛ぶ。
――しかし。
「『もう襲って来ないで欲しい』って言ったっすよね、自分?」
「………………」
炎槍は全て、モンスターに当たる直前に掻き消された。
頬を膨らませて抗議したモンスターは、
「でも、今ので分かったっすよね? 自分、どんな攻撃も無効化しちゃうんすよ」
と言うと、
「あ、でも、安心して欲しいっす! どんな攻撃も効かない代わりに、自分、相手に攻撃する事が出来ないんすよ!」
と、笑みを浮かべた。
そんな中、勇者は、冷静に思考する。
(この感じ、防御魔法に似ている……が、俺の闘気を纏わせた聖剣での連続攻撃を全て弾ける防御魔法なんて、この世に存在しない。では、防御魔法を常に掛け続けているのか? いや、そんな素振りは見せなかったし、俺の剣技のスピードよりも速く魔法を発動し続けられるような魔法使いなんていない。じゃあ、一体何でコイツは――)
と、考えていた勇者の思考は、いつの間にか身体が触れそうなくらいに近付いて来ていたモンスターが、勇者を見上げながら発した声で、再び遮られた。
「自分は、ラリサ、十六歳っす!」
元気良く名乗ったラリサは、笑顔で、こう続けた。
「自分、あと一ヶ月で死ぬっす。だから、それまで、自分と恋人ごっこして貰えないっすか?」
「…………は?」
思わず、聞き返してしまう勇者。
人間と同じ言葉を喋るモンスターはいる。
今まで、勇者に向かって話し掛けて来たモンスターもいた(大抵は、「死ね! クソ勇者!」等の侮蔑の言葉だったが)。
だが、名乗られたのは初めてだった。
しかも、それだけでなく、眼前のモンスターは、『あと一ヶ月で死ぬから、恋人ごっこをして欲しい』と頼んでいるのだ。
勇者は、
「舐めてんのか、お前? モンスター相手にそんな事する訳ないだろうが!」
と、ラリサを睨み付ける。
そして、
「『相手に攻撃する事が出来ない』なんて言っていたが、誰がモンスターなんかを信じるか! どうせ、俺を殺すための隙を窺うつもりなんだろうが!」
と、吐き捨てた。
ラリサは、心外だと言わんばかりに、口を尖らせた。
「嘘じゃないっす! 自分は、物理攻撃も魔法攻撃も無効化しちゃう特異体質っす。でも、そんな超強力な能力を持ってたら、普通は、何かデメリットがあるはずっす! それが、『相手に攻撃する事が出来ない』って事っす! 誰かが自分に触ろうとしても触れない代わりに、自分が誰かに触る事も出来ないっす! 自分を傷付ける可能性がある物は触る事が出来ないから、武器も持てないっす! 超強力だからデメリットがあるはずっていうのは、魔王を倒した勇者さんだったら、分かるはずっす!」
その指摘に、勇者は、
(確かに……)
と、思った。
これ程強力な力ならば、魔法であれば膨大な魔力を必要として、直ぐに魔力が尽きてしまうとか、何かしらのデメリットがあって然るべきだ。
勇者は、未だにラリサの一挙手一投足に注意を払いつつも、ほんの少しだけ、警戒レベルを下げた。
ラリサの『嘘じゃない』という言葉を信じられた訳ではなかったが、ラリサからは、他のモンスターたちと違って、勇者に対する〝敵意〟が全く感じられないのだ。
勇者は、
「お前が何故あと一ヶ月で死ぬと分かっているのか疑問だが、その前に、その〝恋人ごっこ〟とやらの相手が、何で俺なんだ?」
と、訝し気に質問した。
すると、ラリサは、
「格好良いからっす! 一目惚れっす!」
と、目を輝かせて答えた。