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各々自室で着替えた後。
勇者とラリサは、宿の一階にあるレストランに行った。
共に朝食を取りながら、勇者は、
(これだけは確認しておかないとな……)
と思いつつ、話が途切れるのを見計らって、切り出した。
「今日の……いつ頃なんだ……?」
すると、ラリサは、
「夕方頃っす」
と答えながら、ケチャップの掛かったスクランブルエッグを口許へと運ぶ。
勇者は、
「夕方……か……」
と、呟いた。
食事が終わった後。
「ちょっと、失礼するっす」
と言って、ラリサがレストランの厨房へと歩いて行った。
きっと、料理長に改めて礼を言うと共に、別れの挨拶をしに行ったのだろう。
少しすると、ラリサは戻って来た。
「お待たせっす」
笑みを浮かべるラリサに、勇者は、
「よし、じゃあ、行くか」
と言った。
ラリサは、
「はいっす!」
と、元気良く答えた。
宿を出た二人は、王都の大通りを、手を繋いでゆっくりと歩いた。
そして、時折服屋や雑貨屋などへ入り、色々な商品を見て回った。
その後。
昼になり、大通りに面したレストランに入った。
昼食を食べ終わると、ラリサは、
「あと四時間くらいっす」
と言った。
その言葉に、勇者は、
「そうか……」
と呟くと、自分の声が沈んでいる事に気付き、
「次は、何がしたい?」
と、明るく聞いた。
ラリサは、
「行きたい場所があるっす」
と言った。
レストランを後にした勇者がラリサと一緒に訪れたのは――
「〝休業日〟か。お前が来るのを、待っていてくれたんだな」
――ジュディの武器屋だった。
店のドアノブには、〝休業日〟という看板が提げられているが、店内からジュディの気配がする。
手を繋いだままの二人だったが、そのまま中に入ろうとするラリサに、勇者が、
「このままは、あんまり宜しくないな」
と言うと、手を離した。
ラリサは、
「何でっすか?」
と、小首を傾げる。
勇者が、
「ちょっと……な……」
と、複雑そうな表情を浮かべるのを見て、漸くラリサは――
「!」
――ジュディが勇者に対して抱いている感情を察した。
そして、
「自分……一人で行って来るっす」
と言った。
もし自分がジュディの立場だったら、自分の好きな相手が他の女と一緒にやって来るなど、耐えられないからだ。
勇者は、
「……分かった」
と答えた。
ドアを開けて店内に入ったラリサに――
「あら、いらっしゃい、ラリサ」
――カウンター内の椅子に座ったジュディが、声を掛けた。
ラリサは、
「ジュディさん、こんにちはっす!」
と、いつも通り、元気良く挨拶した。
ラリサは、
「お別れの挨拶をしに来たっす」
と言うと、ジュディは、
「……そう……」
と、呟いた。
そんなジュディに対して、ラリサは、心の中で問い掛けた。
本当は勇者さんの事が好きなのに、どうして、自分の悩みを聞いてくれたっすか?
一体どんな気持ちで、勇者さんと会わせてくれたっすか?
が、口にすることは無かった。
代わりに、ラリサは――
「ジュディさん……今まで、色々とありがとうっす……!」
「!」
――深々と頭を下げた。
〝ありがとう〟という五文字に、ありったけの感情を込めて。
思わず目頭が熱くなったジュディは、慌てて、
「良いのよ、そんな事。それよりも、お菓子あるわよ、食べる?」
と、立ち上がって聞いた。
顔を上げたラリサは、
「わぁ~い! 食べるっす!」
と、明るい声を上げた。
カウンターから出て来たジュディが、
「はい」
と、袋を渡す。
受け取ったラリサは、
「じゃあ、これは貰って行くっす! ありがとうっす!」
と、笑みを浮かべた。
「じゃあね」
と別れの言葉を告げるジュディに、ラリサは、
「じゃあねっす!」
と、手をブンブン振って、店から出た。
――と同時に、ジュディは、後ろを向き――
「――――ッ!」
――嗚咽を漏らした。
ジュディにとってラリサは、知らない間に大切な存在になっていた。
店外に出たラリサは、空間転移して来たモンスターたちを炎魔法で焼き尽くしながら待っていた勇者に、
「……お待たせっす……」
と、俯きながら呟いた。
そして、貰った袋から菓子を一つ摘み上げて口に入れると――
「……美味しいっす……」
と、声を震わせながら言った。