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少しした後。
「……?」
再び、ドアがノックされた。
(料理長、何か言い忘れた事でもあんのか?)
と思いながら、勇者が歩いて行き、ドアを開けると――
「……あ、あの……勇者さん……」
「!」
――ラリサが佇んでいた。
ラリサは、帽子は被っているものの、服は、この宿が提供している寝間着だった。
ただ、デザインは共通しているが、勇者の部屋にある灰色の寝間着と違って、ピンク色だったが。
勇者が彼女の部屋を訪ねる際には、いつもラリサは黒ドレスに着替えた後だったため、勇者が寝間着姿のラリサを見るのは、初めてだった。
勇者が、
「どうした?」
と聞くと、ラリサは、
「……えっと、あの……」
と、口籠もった後、意を決して言った。
「……今晩……勇者さんと……一緒に寝ても良いっすか?」
「!」
思いがけない言葉に目を見開く勇者だったが――
「……良いぞ」
と、答えた。
「本当っすか!? やったぁ!」
と、ラリサは喜んだ。
そして、二人は一緒に寝る事にした。
ベッドの右側に勇者が入る。
ベッドの左側に入ったラリサは、被っていた帽子を脱ぐと、大事そうに、そっと枕元に置いた。と同時に、帽子で隠れていた角が姿を現す。
魔導具による明かりを消した暗い部屋の中、ラリサは――
「……勇者さん、もう一つ、お願いしても良いっすか?」
――と、聞いた。
勇者は、
「ああ、良いぞ」
と、言った。
ラリサは、
「えっと、その……腕枕、して欲しいっす……」
と言うと、恥ずかしそうに頬を紅潮させた。
勇者は、
「別に良いぞ」
と言った。
ラリサは、
「やったぁ!」
と、小さな歓声を上げる。
勇者が左腕を伸ばすと、その上に、ラリサが頭を乗せた。
「えへへ……」
と、嬉しそうにはにかむラリサ。
いつものように、直接触れる事は出来ない。
勇者からすると、冷たく無機質な金属のような感触がするのみだ。
ラリサも、勇者には触れていないため、似たような感触がするだけか、或いは、空気の塊の上にでも寝ているような感じがするか……何れにしても、体温は伝わらないし、肌の感触も感じられていないはずだ。
だが、それでもラリサがやりたいと言った事だ。
(こんな事で良ければ、幾らでもやってやる)
と、勇者は思いながら、空間転移して来たモンスターを一瞬で屠った。
少しすると――
「………………」
――ラリサは、眠りに落ちた。
勇者は、
(直接触れないとは言え、男の部屋だぞ? よくもまぁ、そんな無防備に眠れるな)
と、呆れながら、静かに寝息を立てるラリサの寝顔を見詰める。
幸せそうに眠るラリサを見ながら、勇者は――
(ぐっすりだな)
(本当、幸せそうだな)
(幸せ……そう……だ……な……)
(こんな……幸せ……そう……なの……に……)
(それ……なの……に……!)
――顔を顰め――
(……明日……コイツは……! ……コイツは……!!)
――明日の〝その瞬間〟を想像し、歯を食い縛りながら、突如至近距離に空間転移して来たモンスターを瞬時に切り伏せた。
その後、勇者は、空間転移して来るモンスターを右手に持った聖剣で一刀両断しつつ、暫くラリサの寝顔を見詰めていた。
そして、いつものように、聖剣を持ったまま、右手をベッドの下に下ろして、眠りについた。
翌朝。
目覚めた勇者が、そのままの体勢で見える範囲の部屋の中を見回すと、いつものように、天井・壁にモンスターの血がつき、床には多数のモンスターの死体が転がっていた。
いつも通り、寝ながら無意識で、反射的にモンスターたちを斬り殺した結果だ。
自分自身も、恐らく、通常通り血塗れだろう。
勇者が目を覚ました直後――
「……んんっ……」
――ラリサも目覚めた。
勇者が声を掛ける。
「おはよう」
「……勇者さん……おはようっす……」
勇者の左腕に頭を乗せたまま、右側にいる勇者の方を向くラリサ。
まだ、とろんとした目のラリサだったが――
「……夕べは、とうとう、勇者さんと一夜を共にしたっす……。……自分、幸せっす……」
――と、いつもより少しゆったりとした口調とは裏腹に、ラリサらしさは既に全開だった。
「お前! 言い方! 一緒に寝ただけだろうが!」
と突っ込む勇者に、ラリサは、
「……夕べはあんなに激しかったのに、そんな言い方するっすか……? ……勇者さんったら、いけずっす……」
と、あくまで〝昨夜、何かがあった〟体で話を進めるつもりらしかった。
勇者は、
「朝飯食いに行くぞ! さっさと起きて、自分の部屋で着替えて来い!」
と言うと、ラリサの頭の下から左腕を引き抜き、ベッドから下りた。
ラリサは、
「……あんっ……! ……もう、勇者さんったら……!」
と言った後、自分で自分の演技が面白くなってしまったのか、クスクスと笑っていた。
その様子を見ながら、勇者は、昨夜感じていた重く暗い感情が、軽くなるのを感じた。
〝その瞬間〟はやって来る。
しかし、それまでずっと鬱々とした気持ちでいなければならない訳ではない。
(せめてそれまでは、出来るだけ明るく……いつもみたいに……)
と、勇者は思った。