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王都のレストランで夕食を食べて、高級宿に戻って来た後。
自室でゆったりとしていた勇者は、突如、ドアがノックされるのを聞いた。
(まさかアイツ、全然夜這いしてくれない俺に痺れを切らして、自分から夜這いしに来たとかじゃないだろうな?)
と、ラリサの事を思い浮かべながら、勇者がドアを開けると――
「勇者殿。夜分、失礼しますぞ」
――一階のレストランのシェフ――料理長の中年男性がいた。
予想外の顔に、
「どうしたんだ?」
と、勇者が訊ねると、料理長は、
「実は、少々お伝えしたい事がありましてな……。中に入っても?」
と言うので、勇者は、
「良いぞ」
と言って、中に入れた。
モンスターの死骸が幾つか床に散らばっているのが目に入るが、料理長は、特に動じた様子は無い。
テーブルにある二脚の椅子の内、一脚に座った勇者が促すと、
「では、失礼して」
と、料理長はもう一脚に座った。
そして、
「勇者殿の御連れの方の話でして」
「ラリサの?」
「はい」
と、話し始めた。
三日前の朝。
厨房に突如現れたラリサが、
「じ、自分、ラリサって言うっす!」
と自己紹介したかと思うと、
「自分に、料理を教えて欲しいっす!」
と叫び、頭を下げたのだ。
勇者と共にこの宿に連続宿泊している彼女は有名人であるため、料理長は、ラリサの事を知っていた。
ラリサは、熱く語った。
「詳しくは言えないっすけど、自分、もう少ししたら、勇者さんとお別れしなきゃいけないっす。自分、勇者さんに、一杯一杯、色んな事をして貰ったっす! 本当に、たくさん楽しい事、嬉しい事、幸せな事を経験したっす! だから、恩返しに、少しでも勇者さんに喜んで貰いたいんす! それで、自分で美味しい料理を作って、それを勇者さんに食べて貰えたらって思ったんす!」
そして、
「どうか、どうか! お願いするっす!」
と、頭を下げ続けるラリサの熱意に負けて、料理長は、ラリサに料理を教える事にした。
料理長は、いつまでに料理の腕を上げたいのか、どんなシチュエーションで勇者に食べて欲しいのかなど、詳細をラリサに聞いた。
その結果、作る料理は、サンドイッチに決定した。
それから、朝から昼までの時間を使って、ラリサは料理の特訓をする事になった。
ちなみに、大きな包丁だと呪いで弾かれて触れないため、ラリサは、「実は自分、代々、〝大きな包丁を使ってはいけない〟という家で生まれ育ったっす! だから、小さなナイフしか使えないんす!」と、よく分からない言い訳をして、多少怪訝そうな表情を浮かべたものの一応納得した料理長から貸して貰った、かなり小さな、食事用と同じくらいの大きさのナイフを使う事にした。
厨房の隅で、料理長が、まず、出来るだけ分かりやすく、ゆっくりと、サンドイッチを作ってみせる。
それを見たラリサは、
「分かったっす!」
と元気良く返事をすると、同じ工程を踏んで行った。
――はずだったのだが――
「ラ、ラリサ殿。一体、何をどうしたら、こうなるので……?」
――本来の仕事に集中するために、暫くその場を離れていた料理長が戻って来ると、そこには、真っ黒でネトネトした、強烈な異臭を放つ謎の物体が出来上がっていた。
ラリサは、
「ご、ごめんなさいっす!」
と、頭を下げた。
そう。
生まれてこの方、一度も料理をしたことが無いラリサの料理の腕は、壊滅的だった。
料理長は、
「まぁ、初めは仕方ないですぞ」
と、笑みを浮かべると、
「では、もう一度。まずは、しっかり見て覚えるのが、大事ですな」
「わ、分かったっす!」
と言って、再び、サンドイッチを作ってみせた。
その後、この道三十年の料理長ですら見た事のない、悍ましい料理を量産しつつも、ラリサは、決して挫けず、諦めなかった。
そして、昨日の朝――
「で、出来たっすうううううううう!」
――ラリサは、漸くまともなサンドイッチを作る事に成功した。
料理長は、
「おめでとうですぞ。諦めずに努力し続けたその姿、御見事!」
と、笑みを浮かべた。
が、ラリサは、
「でも、料理長のサンドイッチに比べたら、まだまだっす」
と呟くと、
「もう少し……ギリギリまで、頑張ってみるっす!」
と、言った。
再びサンドイッチ作りを始めたラリサを見て、料理長は目を細めた。
空間転移して来るモンスターたちを素早く一刀両断しつつ、話を聞いていた勇者は、
「そんな事があったのか……知らなかった……」
と、呟いた。
料理長は、頷くと、「あと、もう一つ」と言って、再度語り始めた。
「本日、宿に戻って来たラリサ殿から、銀貨を一枚頂きましてな。『料理を教えて貰ったお礼っす』と言って。こちらとしては、連泊してくれている御得意さまで、しかも、世界を救ってくれた勇者殿の御連れの方という事で、別に謝礼など要求するつもりは全く無く。一旦断ったものの、ラリサ殿は真剣な表情で、こう言いましてな。『料理長さんのおかげで、勇者さんに喜んで貰えたっす! 最後に、すごく良い思い出が出来たっす! だから、受け取って欲しいっす!』と。その時に、思いましてな。ああ、ラリサ殿にとって、勇者殿の存在は、掛け替えの無いものなのだな、と」
「………………」
そこまで語ると、料理長は、
「では、これにて失礼しますぞ」
と言って、部屋から出て行った。
勇者は、ベッドに倒れ込み、突っ伏すと――
「何が『恩返し』だ……。何が『少しでも俺に喜んで貰いたい』だ……。そんな事しなくたって、俺は……」
――と、遣る瀬無い想いで呟きつつ、至近距離に空間転移して来たモンスターを聖剣で瞬時に倒した。