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 そして、ラリサが死ぬ一日前。

 いつものように、昼に、ラリサと共にレストランへ向かおうとすると――

「今日は、先に王都の外に出掛けたいっす!」

 とラリサが言った。

 そして、

「あ、でも、空とかじゃなくて、どこか、普通に座って、普通にお喋り出来るような所に行きたいっす!」

 と、付け加えた。

 勇者は、いつも手ぶらのラリサが、手に革袋を持っているのを一瞥しながら、

「分かった」

 と頷くと、ラリサを抱えて魔法を発動した。


 空間転移した先は、ピンク色の花が咲き乱れる、高原だった。

「わぁ~! 綺麗っす!」

 と、ラリサが明るい声を上げる。

 勇者は、ラリサから手を離し、

「ここで良いか?」

 と言いながら、近くにあった二つの切り株の内の一つに座りつつ、背後に空間転移して来たモンスターを速やかに一刀両断した。

 ラリサは、

「完璧っす! さすが勇者さんっす!」

 と言って、隣の切り株に腰を下ろした。

 ラリサは、

「えっとっすね……その……」

 と、珍しくもじもじしていたかと思うと、

「こ、これ! 作って来たっす!」

 と、革袋から、何かを取り出した。

 見ると、それは――

「おお! 昼飯か!」

 ――清潔な布に包まれたサンドイッチだった。

 ラリサは、

「そうっす! 自分、頑張って作ってみたっす!」

 と、薄い胸を張った。

 勇者は、まさかラリサが料理を作ってくれるとは思っていなかった。

 勇者は、

「じゃあ、早速」

 と言って、サンドイッチを一つ手に取ると、

「いただきます」

 と言って、一口食べてみた。

 すると――

「! 美味い!」

 ――予想外に――と言うとラリサに失礼かもしれないが――、美味だった。

 内側にバターが塗られた柔らかいパンと、濃厚なソースで味付けされほんのりとワインが香るローストビーフ、それにシャキシャキとして新鮮なレタスと薄切りしたジューシーなトマトが、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。

 気付くと、二口目、三口目と連続で齧り付いており、あっと言う間に、一つ目のサンドイッチを食べ終わっていた。

 ラリサは、

「えへへ。良かったっす!」

 と、満面の笑みを浮かべた。

 まるで太陽のような、その眩しい笑顔を見た勇者は、甘酸っぱい想いが胸の奥から湧き上がって来るのを感じた。

(何だこれ!?)

 そして、慌てて、二つ目のサンドイッチを掴むと、顔を背けながら、(かぶ)り付いた。

 ラリサは、

「どうしたんすか?」

 と、小首を傾げるが、勇者は、勢い良く食べ過ぎて咽そうになるのを、上を向き水魔法で指先から水を口内に出して胃袋へと流し込みながら、

「……いや、何でも無い……」

 と、背を向けたまま答えつつ、至近距離に空間転移して来たモンスターを一瞬で屠った。

 頬が紅潮しているのが分かった勇者は、振り返ることが出来なかったのだ。

 ラリサは、尚も不思議そうな表情を浮かべていたが、

「じゃあ、自分も頂くっす!」

 と言って、自身もサンドイッチを手に取り、両手で持ちながら一口食べて、

「ん~! 我ながら、上出来っす!」

 と、舌鼓を打った。


 昼食を食べた後、ラリサが、

「王都でのんびりデートしたいっす!」

 と言うので、勇者は空間転移魔法で、ラリサと共に王都に戻った。

 大通りを歩きつつ、露店で色々な菓子を買い食いして御満悦のラリサ。

「次はどれにするっすかねぇ~」

 と、左右をキョロキョロ見ながら呟くラリサの右手を――

「――ぁ」

 ――勇者の左手が握った。

 驚いて目を見開くラリサ。

 以前、ラリサが『手を繋ぎたい』と言った際に、『駄目だ』と答えた勇者。

 その勇者が、今、自分から手を繋いでくれているのだ。

 ラリサは、俯くと、頬を朱に染めた。

 一方の勇者も、頬を紅潮させていた。

 いつも通り、ラリサの肌に触れてはいない。冷たい無機質な金属のような感触がするのみだ。

 にも拘わらず、どこか照れ臭く、頬が熱くなるのを止められない。

 暫くそのまま、時折勇者が、空間転移して来るモンスターを瞬時に斬り伏せつつも、二人は無言で歩き続けたが――

「ゆ、勇者さん! 一つ、お願いしても良いっすか!?」

 ――と、顔を上げたラリサが切り出した。

 勇者が、

「良いぞ」

 と言うと、ラリサは、一旦繋いでいた手を離した上で、

「こんな感じに、繋ぎたいっす!」

 と言いながら、自分の両手で、指と指を交差させてみせた。まるで祈りのジェスチャーのように。

 勇者は、

「分かった」

 と言うと、ラリサの手を再び取った。

 そして、ラリサの右手と自分の左手を、指と指を交差させるようにして、手を繋ぎ直すと――

「「!」」

 ――勇者の手が弾かれた。

 ラリサの呪いが発動したのだ。

 危害を加えるような事は何もしていないが、指の一本一本にも呪いが常時発動している事から、勇者の身体の一部――指が密着し過ぎたため、弾かれたのかもしれない。

 ラリサは、立ち止まり、

「……大通りで、この繋ぎ方をしている人たちがいて、憧れてたんすけど……自分には無理みたいっすね……アハハ……」

 と、悲しそうな笑みを浮かべた。

 それを見た勇者は、胸が苦しくなって――

「あっ」

 ――再度、ラリサの手を取って、繋いだ。

 最初と同じように。

 そして、

「これだって、手を繋いでいる事には変わりないだろ?」

 と、言った。

 ラリサは、

「そうっすね……うん、そうっす!」

 と、明るい声を上げた。

「で、次は何を買うんだ?」

 と聞きながら歩き始めた勇者に、調子が戻ったラリサが、元気良く答える。

「えっとっすね~。全部っす!」

「いや、流石にそれは食い切れんだろ」

「フッフッフ~。舐めて貰っちゃ困るっす! 自分、本気出したら、めっちゃ食べられるっす!」

 二人は手を繋ぎながら、和気藹々と歩いて行き、心なしか、空間転移して来るモンスターを倒す勇者の聖剣捌きも、いつも以上に軽やかに見えた。

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