46
魔法を発動した勇者は――
「……ラリサ……」
――ジュディの武器屋に空間転移した。
突如、店の中央に現れた勇者に、
「勇者さん!」
と、ラリサが声を上げて、カウンター内の椅子から立ち上がる。
勇者は、ラリサと目が合うと、直ぐに視線を逸らした。
すると、ラリサは、
「勇者さんの戦いの邪魔をして、ごめんなさいっす!」
と、頭を下げた。
ジュディから『あんたに対して怒ってるんじゃないわ』とは聞いたが、自分の行動のせいで勇者が怒った事には、間違いないのだ。
だから、ラリサは、勇者に対して改めて謝罪した。
それを見た勇者は、
「いや、違うんだ……お前は何も悪くない……。むしろ、俺を庇ってくれた。助けてくれたんだ」
と言うと、
「それなのに、怒鳴ったりして……すまなかった」
と、謝った。
ラリサは、顔を上げると、
「自分は大丈夫っす! 勇者さんとまたこうして話せて、嬉しいっす!」
と、笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、勇者は、胸が締め付けられた。
勇者は、至近距離に空間転移して来たモンスターを炎魔法で一瞬で灰にして、
(あと五日で、コイツは……)
と思いながら、気付けば――
「もう直ぐ、死ぬんだぞ? お前、怖くないのかよ?」
――と、聞いていた。
ラリサは、俯いて、
「……そりゃあ勿論、怖いっすよ」
と呟くと、顔を上げて、穏やかに微笑むと、ゆっくりと、カウンターの外へ歩いて行く。
「でも、自分、ずっと独りぼっちだったっす。たった一人傍にいてくれたお母さんも死んじゃって、仲間であるはずのモンスターたちからは、〝忌み子〟だからって、怖がられて、誰も近付いて来なかったっす。そんな自分だけど、勇者さんが、すごく優しくしてくれたっす! 憧れだった勇者さんと、たくさんデート出来たっす! すごく楽しかったっす! こんな自分でも、普通の女の子みたいに、幸せな経験をたくさん出来たっす! だから、自分、すごく幸せっす。こんな温かい時間を過ごせるだなんて、夢みたいっす。だから、大丈夫っす」
そう言って、勇者の前まで歩いて来たラリサの微笑みに、勇者は、苦しそうな表情を浮かべる。
そんな勇者の様子を見たラリサは、抑え込んでいた感情が溢れ出て思わず泣きそうになってしまい、慌てて堪えた。
ダメっす! 自分は、すごく幸せなんすから! 泣いたりしたら、ダメっす!
と、自分自身に言い聞かせつつ、ラリサは、深呼吸をした。
何とか自身を落ち着かせたラリサは――
「あ、でも、一つだけ……ワガママを言っても良いっすか?」
と言うと、こう続けた。
「やっぱり、一人で死ぬのは、寂しいっす。だから、勇者さん……最後の瞬間まで、自分と一緒にいて貰えないっすか?」
「!」
そう言って、やはり笑顔を見せるラリサに、勇者は――
「ああああああああああ! 気に入らねぇ!! 全くもって!! 気に入らねぇ!!!」
「!?」
――空間転移して来たモンスターを聖剣で一刀両断しつつ、感情を爆発させた。
ジュディの店の中であるため、本来ならモンスターの血で店内が汚れないように炎魔法で燃やし尽くすべき所だが、激情に駆られた勇者は失念しており、ラリサに対して思いの丈をぶつけた。
「孤独だった自分が、不幸だった自分が、ちょっと優しくして貰ったから、それで満足!? それで幸せ!? だから、もう直ぐ死ぬけど、大丈夫!? 何だよそれ!? 何でヘラヘラ笑ってられるんだお前!? 死ぬんだろ! そんなの、怖いに決まってんだろ! 怖いって泣けよ! 喚けよ!! 平気な顔してんじゃねぇよ!!!」
そして、
「それもこれも、お前が経験した〝楽しい〟とか〝幸せ〟ってのが、中途半端だからだ!」
と言うと、ラリサを指差し、大声で叫んだ。
「これから数日間、俺がお前に、想像も出来ないくらい楽しいを思いをさせてやる! 信じられないくらい凄いデートをしてやる! それで、最後、お前が死ぬ時に、『こんなに楽しい事をもう経験出来ないなんて、辛い! 悲しい! 寂しい! 嫌だ! 死にたくない!』って、泣かせてやる! 泣き喚かせてやる! 号泣させてやる!」
予想だにしなかった言葉に、目を見開いたラリサが、
「え!? それって……」
と呟くと、勇者は、
「分かったか!? 覚悟しとけ!」
と、吼えた。
ラリサは、思わず目が潤んだ。
だが、必死に堪えると、
「……わ、わぁ~い! やったぁ!」
と、飛び上がって喜んだ。
そして、後ろを向くと――
「……ありがとうっす……勇者さん……」
と、声を震わせて――涙を零した。