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その頃、勇者は、とある山の山頂にて、一人で黄昏れていた。
今までの経験から、空間転移ではなく、飛行魔法による移動ならば、ラリサが一緒に付いて来る事は無い、という事に気付いていた勇者は、飛行魔法を用いて高速で飛翔し、王都から馬車で一週間ほど掛かる、この山の山頂にやって来たのだ。
手頃な岩に腰掛けて、定期的に空間転移して来るモンスターたちを一瞬で屠りつつ、勇者が、物思いに耽っていると――
「やっぱり、ここだったわね」
――そこに、ジュディが現れた。
魔王討伐直後、〝三人〟で王都に戻って来た際に、勇者が一日、姿を消した事があった。
ジュディがマイルズに感知魔法で探させた所、勇者はここで一人、黄昏れて、アレイダの事を想っていたのだ。
ちなみに、今こうして、モンスターの死体だらけの中に佇む勇者と相対しているジュディだが、自分の店を出発してから、一時間しか経っていない。
闘気を身に纏い、疾風の如く走り続けて来たジュディは、汗一つ掻いていなかった。
ジュディを一瞥した勇者は、
「何しに来たんだ?」
と聞いた。
ジュディは、
「ラリサを避けて、こんな所で一人でうじうじして。無敵の勇者様が聞いて呆れるわ。格好悪っ」
と、冷たく言った。
勇者は、
「俺を罵りに来たのか?」
と、淡々と呟きつつ、新たに空間転移して来たモンスターを一刀両断した。
ジュディは、
「そうね。ここであんたをひたすら罵倒し続けるのも、悪くないかもしれないわね」
と言うと、続けてこう言った。
「でも……あたしは、あんたのそういう弱い所も好き」
「!?」
予期せぬ言葉に、勇者が思わず立ち上がる。
ジュディは、頬を朱に染めつつ、
「あたしは、あんたに告白しに来たの」
と言うと、勇者を真っ直ぐに見詰めた。
「一緒に冒険をしていた頃から、ずっと好きだった。世界を救うという、勇者としての重過ぎる使命に一言も文句を言わず、一生懸命に修行するあんたが好きだった。あの事件の後、執念を感じる程に自身を鍛え抜いて行くあんたが好きだった。仲間想いのあんたが好き。モンスターを倒して行く、凛々しいあんたが好き。かと思えば、弱い部分もあって、そこもあたしは好き。全部、大好き」
気持ちを込めて想いを伝えたジュディは、最後に、
「あたしは、あんたが好き」
と、改めて告白した。
それを聞いた勇者は、
「そうだったのか……全然、知らなかった……」
と言うと、
「嬉しいよ。……でも、俺は――」
と、俯き、表情を曇らせた。
すると――
「はい! あたしの告白は、これでお仕舞い!」
「え?」
――ジュディが、勇者の言葉を遮った。
ジュディは、
「分かってるから。返事なんて聞かなくても」
と言うと、続けた。
「あたしの告白にイエスと言えないのは、他に大切な子がいるから。そうでしょ?」
「………………」
その問いに、勇者は沈黙し、答えない。
ジュディは、構わずに語り掛け続ける。
「あんた、このままだと絶対に後悔するわよ? あの子、あんたの戦闘を邪魔して怒らせちゃった、そのせいで避けられてるって、落ち込んでたわよ」
ジュディは、そこで一旦区切った後、続けた。
「あんた、怖いんでしょ? あの子がいなくなるのが」
「!」
「だから、もう会わない? だから、距離を取る? あんた、それで良いの? それで後悔しない? 断言するわ。このままあの子が死ねば、あんたは一生後悔する。なんで、あんな態度を取ってしまったんだろうって。なんで、最後の瞬間に、傍にいてあげなかったんだろうって」
「………………」
黙り込んだままの勇者に、ジュディは、勇者の至近距離に空間転移して来たモンスターを即座に魔剣で斬り、炎で燃やし尽くしながら、言った。
「今まで、当たり前みたいにいたあの子が、あと数日でいなくなる。そりゃ怖くなるのは、当然よ。でもね、今、一番怖いのは誰? 一番不安なのは、誰?」
「!!」
目を見開く勇者に対して、ジュディは語り掛ける。
「あと数日で死んでしまう。もしも、最後の瞬間、誰も傍にいなくて、独りぼっちだったら……そう想像していたとしたら、それは一体、どんな気持ちだと思う?」
勇者は、
「……俺、王都に戻るわ」
と言った。憑き物が落ちたような顔で。
ジュディは、
「そう」
と、満足そうな表情を浮かべると、
「あの子は、あたしの店で待ってるから。早く行きなさい。あたしは、勝手に帰るから」
と言った。
「……分かった。ありがとう」
と言うと、勇者は、
「『空間転移』」
と唱えて、姿を消した。
後に残されたジュディは、
「本当、世話が焼けるんだから」
と呟くと、空を見上げた。
すると――
「……あ~あ……。……こんな事、するつもり無かったのにな……」
――その頬を、涙が伝った。