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ジュディは、
「こっちはあたしに任せて!」
と言うと、力強く跳躍し、後ろから迫りつつあるモンスターとの距離を一気に詰めて、先頭のモンスターを一瞬で斬り伏せた。
勇者が、
「分かった!」
と、答えた直後――
「!」
――翼を羽搏かせたガーゴイルが、勇者に向かって飛翔し、その鋭い爪で襲い掛かっていた。
素早いが、反応出来ない程ではない。
勇者は、ガーゴイルが上から勢い良く振り下ろした右手を素早く後退しながら避けると、攻撃直後の隙を衝いて、上段に構えた聖剣で、ガーゴイルの胴体に斬り掛かった。
「はぁっ!」
聖剣を振り下ろす一瞬のみ、勇者の身体が光に包まれる。
それは闘気だった。
勇者はまだ、一瞬しか身に纏う事が出来ないため、いつもは、強敵に止めを刺す時にしか闘気を使わなかった。
更に、同じく一瞬しか纏う事が出来ないものの連続で何度も使用出来るジュディと違い、勇者は、立て続けに使うと身体に無理が生じるため、まだ連続では使えなかった。
今回、いつもと違って最初から闘気を使ったのは、眼前の敵が、未だ嘗てない強敵であるからだ。
最初から全力で戦わないと勝てないと、勇者は直感で感じ取っていた。
その直感は正しかったと、勇者は直ぐに理解した。
何故なら、闘気を乗せた聖剣がガーゴイルの身体に当たった瞬間――
「なっ!?」
――弾かれたからだ。金属同士が激しくぶつかったかのような音と共に。
ガーゴイルの胴体には、傷一つ付いていなかった。
(強いとは思っていた)
(けど、闘気による攻撃で無傷だと!?)
と、戦慄する勇者。
一方、マイルズは、ガーゴイルが勇者に向かって襲い掛かった直後に、魔法で援護しようとしていた。
しかし――
「!」
――扉からもう一匹、別のガーゴイルが現れて、マイルズに向かって飛翔して来たため、そちらの迎撃に切り替えざるを得なかった。
鋭い爪で攻撃しようとして来るガーゴイルに対して、マイルズは飛行魔法で距離を取りつつ、
「食らいやがれっ! 『ファイアアロー』!」
と、魔法の杖から一メートルほどの炎の矢を五本出現されて、猛スピードで飛ばす。
――が。
「何だと!?」
――ガーゴイルにダメージを与える事は出来なかった。
空中を執拗に追い掛けて来るガーゴイルに向かって、
「これならどうだ!? 『アイスソード』!」
と、マイルズが叫ぶと、今度は二メートルほどの氷の剣が、高速で三本飛んで行く。
――だが。
「くっ!」
ガーゴイルは、無傷だった。
炎の矢も、氷の剣も、ガーゴイルの身体に刺さらない――どころか、直前で弾かれたように見えた。
まさか、コイツ……
と、最悪の事態を想像しながら、確認するために、マイルズは、
「『サンダーボルト』!」
と、雷撃で攻撃した。
すると――
「ハッ! やっぱりかよっ!」
――雷撃も、ガーゴイルの身体に弾かれてしまった。
最悪だ……。コイツ、攻撃を無効化しやがる! どうする!?
いや、撃ち続けるしかねぇだろ!
と、距離を詰めようとして来るガーゴイルから飛行魔法で必死に逃げつつ、マイルズは、様々な属性の魔法で攻撃し続けた。
勇者は、闘気による攻撃が全く効かなかった事に一瞬動揺したが、ガーゴイルの次の攻撃が来るまでには、
(相手がどれだけ強かろうが、やるしかない!)
と、精神状態を立て直し、ガーゴイルの左手による一撃を、素早く左へ跳躍して躱した。
そして、
(ここで俺が倒さなきゃ、みんなが……アレイダが死ぬ!)
と、限界まで闘気を使う事を決意した。
「はああああああああああああああああああ!」
勇者は、ガーゴイルに向かって大きく跳ぶと、先程使ったばかりの闘気を、再度使いながら斬り掛かった。
ガーゴイルは上から振り下ろされる聖剣に対して、左腕で防御する。
ガーゴイルの左腕に触れた聖剣が――
「!」
――弾かれる。
「はあっ!」
着地と同時に、ガーゴイルが右手で攻撃して来るが、それを屈んで回避した勇者は、今度はガーゴイルの右足に対して水平に一撃を与える。
――しかし。
「!」
――それも弾かれる。
「はあっ!」
ガーゴイルの両手による同時攻撃を、素早く後ろに跳躍して避けた後、勇者は再び跳躍して、ガーゴイルの頭部に聖剣を振り下ろした。
――が。
「!」
――それすらも弾かれた。
着地した勇者は、連続で闘気を使った事で無理が祟り――
「うっ!」
――口許から血が伝い、極度の疲労感と共に、身体が一気に重くなり、動きが鈍った。
その隙を逃がさず、ガーゴイルの左手が――
「ぐはっ!」
「いやあああああああ!」
――防御魔法と鎧ごと、勇者の腹部を貫いていた。
悲鳴を上げるアレイダ。
大量に吐血し、膝から崩れ落ちる勇者。
止めを刺そうと、一度左手を引き抜いたガーゴイルが左腕を大きくテイクバックして、勢い良く勇者の頭部に向かって左手を突き刺そうとした。
――次の瞬間――
「……がはっ……!」
――ガーゴイルの左手が貫いていた。
「! アレイダあああああああああああああああ!」
――勇者の前に飛び出して、両手を広げて庇ったアレイダの胸を。
ガーゴイルが左手を引き抜くと、力なくアレイダが倒れる。
先にアレイダに止めを刺そうとするガーゴイルに向かって、勇者が叫ぶが――
「止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――ガーゴイルは無情にも、倒れたアレイダに対して、真上から左手を振り下ろした。
――だが。
「!」
――その直後、ガーゴイルは吹っ飛んでいた。
見ると、地面に転がるガーゴイルの身体に、氷剣が三本突き刺さっている。
更に、それだけでかなりの深手となっているようで、立ち上がる事が出来ない。
「そっちは効くのかよっ!?」
と、空中を飛びながらマイルズが言った。
マイルズは、
って事は……!
と、何かに気付き、
「ジュディ! 俺様がそっちをやる! てめぇはコイツをやれ!」
と叫んだ。
既にモンスターたちの半分ほどを倒していたジュディは、
「分かったわ!」
と答えると、飛行魔法で空中を移動して来たマイルズと入れ違いになり、素早く跳躍して、もう一匹のガーゴイルとの距離を一瞬で詰めると、斬り掛かった。
すると――
「ギャア!」
――ガーゴイルの右腕が斬られ、宙を舞った。
マイルズは、半数になったモンスターの大群に対して魔法を連続発動しながら、その様子を見て、
やっぱりそうか!
と、思った。
勇者は、立ち上がると、倒れたアレイダに駆け寄った。
「アレイダ!」
と、アレイダを抱き上げると共に、〝立ち上がって難無くアレイダに駆け寄れた事実〟に、そこで漸く思い至る。
いつの間にか、腹部の傷が塞がっている。
それは、アレイダの上級回復魔法によるものだった。
しかし、アレイダの胸の傷は、そのままだ。
勇者に抱き上げられ、名前を呼ばれても、何の反応も示さない。
「アレイダ!」
大量に吐血し、出血するアレイダに、勇者が必死に回復魔法を掛ける。
「『ヒール』! 『ヒール』! 『ヒール』! 『ヒール』! 『ヒール』! 『ヒール』!」
が、勇者が使えるのは初級回復魔法だけだ。
何度使おうと、致命傷を治す事など出来ない。
「ちくしょう! アレイダ!! アレイダ!!!」
勇者が必死に呼び掛けると、アレイダは――
「!」
――微かに意識を取り戻した様子で、大声で自分に呼び掛ける勇者に対して――
「!!!」
――微笑んだ。
自分の回復魔法がきちんと発動して、最愛の人の傷を癒す事が出来たのだと、分かったからだ。
……治っ……て……良かっ……た……。
アレイダは、心の中で――
……だ……い……す……き………………。
――最愛の人への想いを呟くと――
「嘘だろ!? おい、アレイダ!! アレイダ!!!」
――そのまま――
「アレイダあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
――事切れた。