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先程までランチデートをしていたレストランに空間転移で戻った勇者は、同じく一緒に戻って来たラリサの事は一切見ずに、カウンターで手早く金を払うと、店外に出た。
そして、宿に向かって、足早に歩いて行った。
ラリサは、慌てて一緒に店を出ながら、
「えっと、あの……勇者さ――」
と、声を掛けようとするものの、怒りを滲ませた勇者の表情に、それ以上何も言えず、追い掛ける事も出来ず、ただその場に立ち尽くして――
――空間転移して来たモンスターを一瞬で殺しながら歩き去る勇者の背中を、見詰める事しか出来なかった。
その翌日。
勇者は、ラリサを避けて、会わないようにしていた。
翌々日も、同様だった。
あと五日で、自分は死ぬ。
ラリサは、勇者を怒らせたまま、こんな状態で死んでしまうのは、耐えられなかった。
だが、どうすれば良いか分からず、宿で一人、悶々と考えた挙句――
「そうっす! 相談出来る人が、一人だけいたっす!」
――ある人物の事を、思い浮かべた。
ラリサが出掛けた先は――
「こんにちはっす、ジュディさん」
「あら、ラリサ。いらっしゃい」
――ジュディの武器屋だった。
バージェン枢機卿の件が一区切りついた事で、国から委託を受けている調査の仕事に、多少余裕が出来たのか、今日はジュディ本人がいた。
ジュディは、
「一人? 今日はどうしたの? お菓子食べる?」
と、ラリサなら必ず食い付くであろう菓子の話を振るも、
「えっと……ちょっと、相談があって、来たっす……」
と、ラリサは俯いて、暗い表情を浮かべた。
何かがあったのだ、と勘付いたジュディは、
「こっち来て。ここに座って、ちょっと待ってて」
と言うと、カウンターの隅にある椅子にラリサを座らせた。
そして、客が途切れた瞬間を見計らって、店のドアノブに、〝休業日〟という看板を提げた。
ジュディは、
「お待たせ。店を閉めたから、ゆっくり話して良いわよ」
と言うと、自分もカウンター内の椅子に座った。
ラリサは、
「ごめんなさいっす……わざわざ……」
と、恐縮するが、ジュディは、
「良いのよ、気にしないで。そもそも、魔王を倒した報奨金として既に大金貰ってるし、この店も、趣味みたいなもんだから」
と、微笑んだ。
ラリサは、
「ありがとうっす……」
と言うと、
「実は……勇者さんの事なんすけど……」
と、何があったかを話し始めた。
ラリサは、巨大なモンスターが出現する事を察知した勇者の空間転移によって荒野に移動すると、ドラゴンが現れた事、そのドラゴンは勇者が難無く倒した事、しかし、もう一匹別のドラゴンが出現し、自分が勇者を庇おうとしてしまった事、勇者は、戦闘の邪魔をされた事で激昂して、それ以降、自分を避けており、顔を合わせてくれない事、を説明した。
ジュディは、それを聞きながら、
アイツは、ラリサに対して怒ってる訳じゃないわ。
と、思った。
ジュディは、ずっと勇者と一緒に冒険をしていた間柄から、勇者が何に対して怒っているのか、そして、一体何を考えているのかを、正確に推察した。
それをラリサに伝えて、勇者ときちんと話をさせれば、誤解は直ぐに解けるだろう。
が、ジュディは、そうするつもりは無かった。
何故なら――
これは、チャンスよ。これでやっと、アイツがあたしの事を見てくれるようになる。やっと、アイツと付き合う事が出来る。
――ジュディは、密かに勇者に想いを寄せていたからだ。
勇者とパーティーを組んでいた頃から、ジュディは、勇者の事が好きだった。
しかし、勇者は、同じ村で育った幼馴染である僧侶の少女の事が好きだった。
そして、僧侶の少女も、勇者に好意を寄せていた。
二人は、互いの気持ちを伝える事は無かったが、相思相愛である事は、一目瞭然だった。
だから、ジュディは、勇者への自分の気持ちを隠した。
だが、僧侶の少女は、ある日――死んでしまった。
勇者に気持ちを伝えることなく。
そして、勇者が僧侶の少女に想いを伝える機会も、永遠に失われてしまった。
モンスター、そして魔王への復讐心に燃える勇者は、モンスターを殺して殺して、殺しまくった。
とても、気持ちを伝えられるような雰囲気ではなかった。
それに、僧侶の少女が死んだから、「じゃあ、あたしにしておかない?」などとは、口が裂けても言えなかった。
しかし、二年が経ち、遂に魔王討伐に成功し、更にもう一年が経った。
この一年の間、勇者は、美少女たちとのデートを繰り返した。
ジュディは、いい気分はしなかったが、彼女たちと勇者が上手く行くわけはない、という事は、最初から分かっていた。
何故なら、魔王の呪いがあるからだ。
ただの町娘が、目の前に出現するモンスターたちと、それを殺す場面を見せられる事に、耐えられるわけがないのだ。
案の定、どれだけ多くの女の子たちとデートをしても、勇者は、一向に彼女が出来る気配が無かった。
彼女たちとのデートは、勇者が、僧侶の少女の死を乗り越えて、前に進もうとしている事を示唆していた。
それならば、自分もそろそろ、自分の気持ちに正直になって良いのではないか。
そう思い、ジュディは、勇者に自分の気持ちを伝えようと、決心した。
その直後に、ラリサが現れたのだ。
勇者は当初、ラリサに対して、特別な感情は抱いていなかったかもしれない。
が、今は違う。
二人のやり取りを見ていて、ジュディは気付いていた。
ラリサが分かりやすい好意を勇者に対して向けているのに対して、勇者の方は多少分かり辛いものの、明らかにラリサの事を大切に思っているのが、見て取れる。
勇者自身はまだ気付いていないかもしれないが、今や、勇者にとって、ラリサは〝特別な存在〟なのだ。
もし今、二人の仲を取り持ってしまえば、より絆が強固なものとなり、更には、勇者がラリサに対する自分の気持ちに完全に気付いてしまうだろう。
そして、その想いは、ラリサが死ぬことで永遠のものになってしまい、自分の想いが届く事は一生無くなってしまう。
だが、今ここでラリサを冷たく突き放し、「そうだ。アイツは、あんたに対して怒ってる。あんたの事を嫌ってる。あんたの事を憎んでる」と追い詰めれば、二人の間に決定的な溝が出来る。
そうすれば、勇者とラリサの間に深い絆は出来ないし、勇者がラリサに対する自分の気持ちに完全に気付く事も回避出来る。
自分が告白して、勇者の彼女となる事が出来るのだ。
やっと回って来たチャンスだ。
逃す手はない。
ただ、ラリサを一人で寂しく死なせるのは流石に可哀想なので、最期の瞬間は、自分が傍にいてやろう。
そう思ったジュディは、自分が勇者と付き合うために、ラリサを突き放すことにした。
さぁ、言うんだ!
〝そうだ。アイツは、あんたに対して怒ってる〟って。〝あんたの事を嫌ってる〟って。
言うんだ!
そして、ジュディが口を開き、ラリサに向かって発した――
「あの馬鹿は、あんたに対して怒ってるんじゃないわ」
――言葉は、直前に言おうと思ったものと、違っていた。
「え?」
と、戸惑うラリサに、ジュディは言った。
「アイツは、あんたを救えなかった自分自身に対して怒ってるのよ」
ラリサはきょとんとすると、
「自分は無傷っすよ? 自分には、どんな攻撃も通用しないっす」
と、言った。
ジュディは、
「そこは問題じゃないわ。あんたがアイツを庇おうとして、ドラゴンに攻撃された。その時点で、アイツにとっては、あんたを救えなかったのと同義なのよ」
と、説明した。
しかし、尚も腑に落ちない、という表情を浮かべるラリサを見て、ジュディは、
「そりゃ、こんな事言われても、よく分かんないわよね」
と言うと、
「アイツには、トラウマがあるのよ。勇者パーティーの〝四人目の仲間〟に関する、ね」
と言って、語り始めた。