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それから、六日後。
朝目覚めた勇者は――
(あと、一週間か……)
と思いながら、部屋を出た。
そして、隣の部屋のドアをノックしつつ、
「ラリサ。俺だ」
と声を掛けると――
「勇者さん! 夜這いっすね! 今度こそ、夜這いっすね!」
と、勢い良くドアを開きつつ、帽子を被ったラリサが目をキラキラと輝かせながら、言った。
「いやだから、違ぇって言ってんだろ。あと、何でお前はもう朝なのに『夜這い』って言えるんだ?」
と、呆れながら突っ込んだ後、勇者は、
「そんな事より……その……」
と、何かを言い掛けた後、言い淀んだ。
ラリサが、
「ん? 何すか?」
と、小首を傾げると、勇者は、意を決して聞いた。
「……お前は、あと一週間で……死ぬんだよな?」
すると、ラリサは、
「そうっすよ?」
と、あっけらかんと答えると、手を後ろに回して、何やらゴソゴソした後、
「もう、尻尾も消えちゃったっす」
と言って、背中を見せた。
見ると、黒ドレスから出ている尻尾は、もう殆ど残っておらず、消え掛けていた。
ラリサは、
「でもこれで、モンスターだってバレる心配が少し減ったっすね。アハハ」
と、笑った。
「笑いごとじゃないだろうが」
と、空間転移して来たモンスターを素早く切り伏せながら、険しい表情を浮かべる勇者に、ラリサは、
「大丈夫っす。最初から分かってた事っすから」
「………………」
と、笑顔で答えた。
ラリサは、
「それよりも、今日もデートっす!」
と、明るい声を上げた。
勇者が、
「……あ、ああ。そうだな……。今日は、今まで行ったことのないレストランに行くとするか」
と言うと、
「わぁ~い! 楽しみっす!」
と、ラリサは喜んだ。
その後。
勇者と共に、初めて行くレストランでランチデートを楽しむラリサは、いつものように、幸せそのもの、という様子だった。
だが、勇者の表情は暗かった。
勇者は、
(あと一週間……あと一週間で、コイツは……)
と、何度も頭の中で考えてしまっていた。
すると、突如――
「!」
――何かを察知した勇者が、緊迫した声を上げた。
「『空間転移』!」
荒野に空間転移した勇者とラリサの目の前に現れたのは――
「ド、ドラゴンっすか!?」
――真っ赤な巨躯を持つ、ファイアドラゴンだった。
「離れてろ」
「分かったっす!」
と、手短にやり取りをすると、勇者は飛行魔法で空へと舞い上がり、ラリサは、距離を取ろうとして、駆け出した。
以前戦ったクラーケンと違い、ドラゴンには翼があるため、マイルズ擬きやバージェン枢機卿たちと戦った時と同じく、高空に移動して戦おうとしたのだが――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「!?」
ファイアドラゴンは、炎のドラゴン息を吐いて勇者に向けて立て続けに飛ばして来るものの、勇者の後を追って来ようとはしない。
「はぁっ!」
闘気を身に纏った勇者が、飛ばされて来る炎を聖剣で斬って掻き消しながら、改めて、よく見ると――
「! そういう事か……」
――両翼とも折り畳まれているために分かり辛かったが、ファイアドラゴンの左側の翼が、半分斬られて失われていた。
最上級モンスターであるドラゴンにそのような手傷を負わせる事が出来る者など、そう多くは無い。
もしかしたら、世界を旅するロリコン半裸魔法使いにでも遭遇して、何か彼の気に食わない事でもしてしまったのかもしれない。
そんな事を考えながら、勇者は、
(仕方ない)
と、地上戦に切り替える事にした。
上空から大規模魔法で攻撃し続ければ、楽に倒せるだろう。
が、そうすると、ラリサを巻き込んでしまう。
無論、ラリサにはどんな攻撃も通じない事は分かっている。
大規模魔法が当たった所で、無傷だ。
だが、そういう問題では無いのだ。
勇者は、そういう事は絶対にしたくなかった。
地上に降り立った勇者は――
「行くぞ!」
――ファイアドラゴンに向かって跳躍した。
ファイアドラゴンは、炎の息を吐いて迎撃しようとするが、勇者はそれを聖剣で薙ぎ払う。
ファイアドラゴンが右前足で攻撃するが、勇者は飛行魔法で素早く回避しながら聖剣を一閃、右前足が宙を舞う。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
怒り狂ったファイアドラゴンが、巨躯を高速で回転させると、巨大な尻尾が猛スピードで空中の勇者に迫る。
勇者はそれを聖剣で斬り落とすと、ファイアドラゴンの頭部に接近し、至近距離から吐き出される紅蓮の炎もろとも――
「はああああああああああああああああああ!」
――ファイアドラゴンの頭部から身体まで、一刀両断した。
左右に分断されたファイアドラゴンの身体が、轟音と共に、地面に倒れる。
地面に降りた勇者は、
「ふぅ」
と、息を吐いた。
モンスターの中では最強格のドラゴンだが、バージェン枢機卿によって強化されたあのバフォメットに比べれば、何てことは無かった。
それよりも、勇者が気に掛かっているのは、やはり――
(あと一週間……なんだよな……)
〝その時〟が直ぐそこまで迫って来ている、という事だった。
俯き、勇者がそう思考した直後――
「危ないっす!」
「!」
――背後からラリサの声がした。
思わず振り返ると――
「なっ!?」
――眼前に、先程とは別のドラゴンが出現していた。
普段の勇者ならば、直前に察知出来るはずであるが、別の事で頭が一杯で、いつもの集中力が失われており、感知出来なかったのだ。
そして、ラリサは――
「!」
――勇者に襲い掛かろうとするドラゴンの前に自身の身体を投げ出し、両手を広げて、勇者を守ろうとしていた。
その姿が、嘗て勇者の目の前で死んだ、幼馴染の少女の姿に重なる。
見ると、鋭い爪の生えたドラゴンの左前足が、ラリサに届こうとしていた。
勇者は、あとコンマ何秒しか時間が無い中で、複数の行動を思い浮かべ、どれを選択すべきかを考えてしまった。
攻撃か、防御か、空間転移による回避か。
その思考によって、時間が経過してしまい――
「ラリサ!」
――ドラゴンの攻撃が、ラリサに当たってしまった。
――しかし、左前足は、ラリサの呪いによって、弾かれた。
勇者は、飛行魔法で素早く移動すると――
「はああああああああああああああああああ!」
――ドラゴンの首を刎ねた。
ドラゴンの頭部が宙を舞い、大きな音と共に、巨躯が力なく崩れ落ちる。
地面に降り立った勇者は、ラリサの方を振り返ると――
「何やってんだ、お前は!」
「!」
――怒号を上げた。
今まで見た事も無いような、怒りを爆発させた勇者の剣幕に、ラリサは、
「……た、戦いの邪魔をして、ごめんなさいっす……。か、身体が勝手に動いちゃったんす……」
と、縮こまり、消え入りそうな声で謝る。
勇者は、歯を食い縛ると、低い声で、
「『空間転移』」
と、呟いた。