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その後、ジュディは、衛兵たちに様々な指示を出しながら、ふと、勇者の方を一瞥した。
ラリサが勇者に、
「勇者さん! さっきは、自分の事を、『〝モ――」
と話し掛けるも、そこで周囲を見回して、自分の正体を聞かれてはマズい事に気付き、勇者の至近距離に近付くと、
「……さっきは、自分の事を、『〝モンスター〟じゃない。〝ラリサ〟だ』って言ってくれて、すごく嬉しかったっす!」
と、頬を朱に染めつつ、囁いた。
勇者は、
「ん? 何の事だ? 俺、そんな事言ったっけ?」
と、惚ける。
予期せぬ反応に、ラリサは、
「何すか!? 自分、すごく感動したんすよ!? それなのに、そんなの酷いっす!」
と、大声で噛み付く。
勇者は、
「いや、そんな事言われても、覚えが無いんだからしょうがないだろ?」
と、尚も素知らぬ顔をすると、ラリサは、
「さっきの偉い人に、自分が酷い事言われた時も、勇者さんは庇ってくれたっす! 『じゃあ、俺は、お前の罪を裁いてやる。俺の〝妻〟に対する侮辱罪でな!』って! それも忘れちゃったんすか!?」
と、むくれながら叫ぶ。
勇者は、
「誰が誰の〝妻〟だ!? 俺の発言を勝手に捏造するな!」
と、突如現れたモンスターを一刀両断しつつ、突っ込んだ。
そんな二人のやり取りを見ながら、ジュディは――
「………………」
――俯き、曇った表情を浮かべた。
今回の件で、勇者は、ジュディがラリサの情報を漏洩した訳ではない事を知って、安堵していた。
ちなみに、ジュディは、一年前――魔王討伐直後――に、国王から直々に、
「謀反を企てるような反乱分子がいないか、調べて欲しい」
と、頼まれていた。
本当は勇者に頼もうと思っていたのだが、勇者は魔王の呪いのせいで、常に空間転移して来るモンスターたちに命を狙われるという苛酷な状況に置かれてしまったため、ジュディに頼む事にしたのだ。
ジュディは、国王に対して、一つ、条件をつけた。
「もし汚職とかに気付いたら、それも全部報告して良いなら、やるわよ? まぁ、この国のお偉いさんとか貴族とかは、清廉潔白だからそんな事はないとは思うけど」
その言葉に、国王は、
「う、うむ。そうだな……分かった。もしそういった事があれば、それも報告してくれ」
と、答えた。
そのような経緯を経て、ジュディは、武器屋を経営する傍ら、調査を――否、王都内で調査をする合間に、武器屋を経営するようになった(当然だが、調査に関しては、きちんとした仕事として、国から給金を貰っている)。
その調査の中で、バージェン枢機卿が勇者の命を狙っている、という情報も掴んだのだ。
そして、バージェン枢機卿が、ラリサの秘密を知っている、という事も。
尚、ラリサがモンスターであり、尚且つもう直死んでしまうという情報は、バージェン枢機卿の息の掛かった者たち――〝セイクリッドライズ〟の信者たち――からバージェン枢機卿へと報告されたようだった。
信者たちは、王都の至る所にいるらしく、時に大通りで、時にレストランで、時に小売店で、時に通行人として、時にウェイトレスとして、時に客として、勇者に対して聞き耳を立てているらしい。