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ジュディは、
「そして、家宅捜索も含めた調査の結果、どうやら、あんたが勇者の命を狙っているようだ、という事が分かったのよ。今ここにいる衛兵たちは、皆、あんたを拘束するために来たのよ。あと、崩壊した大聖堂も、これから詳しい調査を行うわ。天井だった部分、壁だった部分、そして、床だった部分を調べたら、何か見付かるかもしれないわね。巨大なモンスターの出現に関する、何かとか」
と、告げた。
バージェン枢機卿は、
「何を言っているのか、良くわかりませんねぇ」
と惚けると、近くにいるジュディと勇者にしか聞こえない程の小さな声で、
「そう言えば、貴方の店で働いている、クリスとかいう少女ですが、可愛らしいですよね」
と呟くと、下卑た笑みを浮かべて、こう続けた。
「もし彼女がならず者たちに酷い事をされたとしたら、どうします? 私だったら、胸が張り裂けそうなくらい、悲しいです。店主の貴方も、きっとそうではありませんか?」
ジュディは、
「……脅してるの?」
と、低い声で訊ねる。
バージェン枢機卿は、
「いえいえ、とんでもない! 例えばの話ですよ。例えばの、ね」
と言うと、
「ですが、もしこの場を見逃して貰えるのでしたら、そのならず者たちもきっと、クリスさんに酷い事はせずに、大人しく帰ると思いますよ」
と、口角を上げた。
ジュディは、
「はぁ、ここまで下衆とはね」
と、溜息をつきながら罵ると、勇者の方を向いて、
「出せる?」
と聞いた。
二年間互いの背中を預けて命懸けで戦い続けた仲だからだろうか、それだけで察した勇者は、頷くと、手の平を上に向けた状態で、右手を出した。
すると、その上に、人間の頭部くらいの大きさの光が出現し、中に映像が浮かび上がった。遠見の魔法を応用し、自分以外の者にも見えるようにしたものだ。
見ると、そこには――
「なっ!?」
――武器屋の店内にて、メイドの格好をした美少女――クリスが、剣を手に佇んでいる姿が映し出された。
その周囲には、複数のならず者たちが、それぞれ白目を剥き、口から泡を吹き、失神して倒れている。
どうやら、クリスが、襲撃して来た彼らを返り討ちにしたらしい。
よく見ると、殺さないようにするためか、手に持った剣は、鞘に入れたままだった。
そして、普段と違い、笑みを消したクリスの身体は――
「ば、馬鹿な!? ただの店番が、何故!?」
――闘気に包まれていた。
驚愕に目を見開くバージェン枢機卿に対して、ジュディは、
「〝あたしがいない時〟に、〝あたしの代わり〟に店番させるのよ? ただの女の子な訳ないでしょ。クリスは、あたしが徹底的に鍛えてあるから。あんなゴロツキ程度じゃ、束になったって敵いっこないわ」
と、淡々と言った。
そして、
「これであたしを脅せなくなったわね。観念しなさい」
と、仁王立ちしながら言った。
バージェン枢機卿は、俯いたが――
「あははははははははははははは!」
「!?」
――顔を上げて、笑った。
怪訝な表情を浮かべるジュディに対して、バージェン枢機卿は、滔々と語った。
「これで私を追い詰めたつもりですか? 私は、この国の国教と定める宗教団体の幹部ですよ? 国の中枢に於ける私の影響力は貴方の想像以上です。私を捕らえて裁判に掛けるつもりでしょうが、私を裁ける者など、この国にはいませんよ。無罪放免です。いえ、それどころか、私が拒否すれば、裁判そのものが行われないのです」
この国の裁判は、貴族たちによって運営されている。
貴族たちが白と言えば白になり、黒と言えば黒になるのだ。
バージェン枢機卿は、その彼らに対して、大きな影響力を有していた。
黙って聞いていたジュディは、
「そう言えば、あんた、知ってた? 来週、新しい法律が出来るのよ。その法律では、勇者を殺そうとした者には、最高で死罪を適用出来る、とされているわ。そして、勇者を暗殺しようとした行為は、過去数ヶ月に遡って適用されるのよ」
と告げた。
バージェン枢機卿は、
「……何の話をしているのですか? 先程の私の話を聞いていなかったのですか?」
と訝し気に言うと、
「どのような法が作られようが、どのような罪が新設されようが、私には関係ない事です。私を裁く権限を有する者など、この国にはいないのですから」
と、続けた。
しかし、ジュディは、
「やっぱり知らなかったようね。あんた、国の中枢で絶大な影響力を持ってるんでしょ? そのあんたが、〝新法制定〟という重要な情報を貴族たちから知らされていなかったのよ? それって、どういう事か分かる?」
「!」
と、嘲りながら訊ねる。
バージェン枢機卿は、
「ぐ、偶然、私への報告が無かっただけです。もしかしたら、単に報告が遅くなっていて、これからするつもりだったのかもしれません」
と、言った。
ジュディは、
「ふ~ん」
と言うと、こう続けた。
「もう一つ、教えてあげるわ。あたしは一年掛けて、〝色んな人たち〟の〝色んな事〟を調べて来たんだけど、どうやら貴族たちは、心を入れ替えたみたいよ? まず間違いなく、あんたの裁判は開かれるし、あんたは有罪になる。生まれ変わった貴族たちによってね」
ただのハッタリではなく、確固たる根拠と共に語っているのが伝わって来たバージェン枢機卿は、
「『調べて来た』……ハッ! まさか、貴方、あの者たちの弱みを握って、脅したのですか!?」
と、聞いた。
ジュディは、
「さぁ、何の事かしら? あたしはただ、〝調査〟して来ただけよ」
と、不敵な笑みを浮かべると、バージェン枢機卿に近付き、耳元で、
「ラリサに関する情報を今後誰にも漏らさないと約束するなら、死刑だけは免れるように、掛け合ってあげても良いわよ」
と、囁いた。
バージェン枢機卿は、
「くっ!」
と、顔を歪める。
ジュディは、バージェン枢機卿から離れると、
「拘束して!」
と、衛兵たちに向かって指示した。
「「「ハッ!」」」
と、返事をした衛兵たちが近付いて来ると、金属製の手錠をバージェン枢機卿に掛けた。
見ると、左右それぞれ、赤色・青色・白色・黒色の魔石が嵌め込まれている。
それは、対象の魔法を封じるための魔導具だった。
手錠が嵌められた事を確認した勇者が、『束縛』を解除すると、バージェン枢機卿の身体を拘束していた黒く輝く光が消滅した。
「バージェン枢機卿。御同行願います」
と、衛兵たちの隊の隊長が、声を掛ける。
連行されて行く中、バージェン枢機卿は、
「貴族たちを脅して従わせるなど、それでも貴方は、勇者パーティーの一員ですか!? この外道!」
と、ジュディを罵った。
ジュディは、
「あんたにだけは言われたくないわ」
と、冷酷に返した。
バージェン枢機卿が連れて行かれた後、ジュディは、勇者の方を振り向き、
「きっとアイツは、あたしが言った事について、まだ半信半疑よ。でも、実際に裁判が開かれて、貴族たちの態度が豹変していたら、間違いなくあたしに泣きついて来るわ。だから、ラリサの事は、きっと大丈夫よ」
と、小声で言った。
勇者は、空間転移して来たモンスターを聖剣で瞬時に殺しつつ、
「何から何まですまん。助かった。ありがとう、ジュディ」
と、礼を言った。
ジュディは、
「だから言ったじゃない。『あたしはちゃんと仕事してる』って」
と、勇者に向かってウインクした。
そして、
「じゃあ、あたし、まだ後処理が残ってるから」
と言うと、勇者は、
「ああ、分かった。本当にありがとう」
と言った。