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見ると、身体を貫いているのは、巨大な爪だ。
再びバフォメットに目を向けると、突き上げた手の先端――長く鋭く伸びた爪のみが消えており――
バージェン枢機卿が右手を翳しつつ、口角を上げた。
(アイツの……空間転移魔法か……!)
バフォメットの身体の一部のみを、勇者の背後に空間転移させたのだ。
勇者の纏う闘気は、身体能力向上だけでなく、攻撃力と防御力もアップするため、守りに関していえば、常に防御魔法を掛けているようなものだ。
だが、バフォメットの攻撃は、闘気を容易く貫通していた。
バフォメットが右手を勢い良く振り払うと、爪が抜けると同時に、勇者の身体が吹っ飛ばされて、結界の地面に激突する。
「ぐはっ!」
大量に吐血し、腹部から流血する勇者。
バージェン枢機卿は、空間転移魔法を解除しつつ、下卑た笑みを浮かべた。
「私の身体強化魔法と、この空間転移魔法があれば、このように、ただの最上級モンスターが、最強の化け物へと変貌を遂げるのです」
そして、
「魔法を封じられた貴方には、打つ手はありません。どうですか? 絶望しましたか? 少しは悔い改めましたか? まぁ、今更悔い改めた所で、許しはしませんがね」
と言った。
フラフラと立ち上がった勇者は、
「……絶望だぁ? 本当の絶望は、こんなもんじゃない!」
と、嘗て目の前で死んだ最愛の少女の事を思い出しながら、叫ぶ。
そして、
「こんなの、何てことねぇ!」
と言って、不敵に笑って見せた。
バージェン枢機卿は、
「強がりは、時に見苦しいものですよ」
と、嘲笑する。
が、勇者は、
「強がりじゃないさ。事実だ」
と言うと、こう続けた。
「お前はさっき、そのモンスターを、『魔王以上の化け物』と言ってたな。お前は、魔王を――全てのモンスターを統べる、モンスターの頂点がどういう存在か、分かっていない。そして、その魔王に勝つという事が、どういう事なのかもな」
勇者は、
「それを今から、お前に見せてやる!」
と言うと――
「はあああああああああああああああああああ!」
――闘気を一気に膨張させた。
勇者が、思い切り結界の地面を蹴った、次の瞬間――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「なっ!?」
――バフォメットの両腕が斬り落とされていた。
一瞬でバフォメットの背後まで移動した勇者が、最後方にいるバージェン枢機卿を見据える。
「くっ! 『セイクリッドヒール』! 『身体強化』!」
バージェン枢機卿が焦りながら、バフォメットに最上級回復魔法を掛け、身体強化魔法を重ね掛けした直後――
「!」
――一瞬で距離を詰めてバージェン枢機卿を狙った勇者の聖剣は、バフォメットの爪によって防がれていた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
バフォメットが吼えながら腕を乱暴に振るうと、勇者は後方に吹っ飛ばされた。
が、先程と違い、特にダメージは無いらしく、勇者は空中で体勢を整えつつ着地する。
バージェン枢機卿は、
「今のは少々肝を冷やしましたよ。ですが、これで終わりです」
と、告げた。
見ると、バフォメットの口許から血が伝っている。
身体強化魔法を何度も掛け過ぎたせいで、身体に負荷が掛かり過ぎて、限界を迎えているのだ。
バージェン枢機卿は、
まぁ、無理してこの化け物が死のうが、勇者を抹殺出来れば、それで良いのです。
と思いつつ、
「さぁ、やりなさい!」
と、バフォメットに命じた。
咆哮を上げたバフォメットが、跳躍しつつ黒翼で更に加速し、勇者に襲い掛かる。
一突き一突きが相手の命を刈り取ろうとする恐るべき猛攻を、勇者は聖剣で防ぐが――
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
バフォメットが一際大きな雄叫びを上げながら放った一撃で、勇者は再び後方へ吹っ飛ばされて――
「!」
――バージェン枢機卿が両手を翳して、
「『セイクリッド・サンダーボルト』! 『空間転移』!」
と最上級雷魔法と空間転移魔法を同時発動すると、尋常では無いスピードで雷撃が勇者へと飛んで行くと共に、バージェン枢機卿の声と同時に両腕を突き出していたバフォメットの前腕とその先の手が勇者の背後から出現し、その爪で勇者の身体を再び貫かんと狙う。
さぁ、死になさい。
と、バージェン枢機卿が暗い笑みを浮かべる。
吹っ飛ばされている最中に、前後からの挟撃を受けた勇者は――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
――バフォメット以上の大声を上げると、既に膨張していた闘気が、更に膨れ上がって行き――
「!?」
――高速で回転しつつ、大量の闘気を乗せた聖剣で雷撃を掻き消すと同時に、背後から狙っていたバフォメットの爪を全て斬り裂いた。
「そんな……馬鹿な……!?」
驚愕に目を剥くバージェン枢機卿。
その動揺が魔法に伝わったのか、空間転移魔法が効力を失い、バフォメットの前腕と手が勇者の背後から消えた。
結界の壁に到達した勇者は、着地すると同時に、壁を全力で蹴って――
「!」
――瞬時にバフォメットの眼前に現れたかと思うと――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「!?」
――その時には、バフォメットの四肢は全て切断された後だった。
「――――ッ! 『セイクリッドヒール』! 『身体強化』!」
バージェン枢機卿が、再度、バフォメットに最上級回復魔法を掛けつつ、身体強化魔法も重ね掛けすると、無理が祟って、バフォメットは大量に吐血した。
「死んでも良い! 必ず勇者を殺しなさい!」
というバージェン枢機卿の命令に、咆哮しながらバフォメットが眼下の勇者に猛撃する。
勇者は、その全てを聖剣で防ぐと――
「うるあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「!」
――闘気を一段と巨大化させて――
「ガアアッ……ァア……」
「!」
――猛攻の隙を衝き跳躍して聖剣を一閃、バフォメットを斬首した。
巨大な首が宙を舞い、結界の地面に落ちた直後、首を失った巨躯が力なく倒れる。
「う、嘘です……こ、こんな事……!」
と、目の前の光景が信じられない、という様子のバージェン枢機卿の胴体を――
「ぐはっ!」
――防御魔法もろとも、勇者が貫いた。大量に吐血するバージェン枢機卿。
と同時に、結界が消滅した。
バフォメットの巨大な死体が、落下していく。
魔法が使えるようになった勇者は、飛行魔法で空中に静止しつつ、左手でバージェン枢機卿の胸倉を掴んで持ち上げて、右手に持った聖剣を引き抜いた。
「がはっ!」
闘気が膨張し過ぎて、まるで小さな太陽のような輝きを放つ勇者は、
「個人的には、今直ぐにでも殺してやりたい所だが……『セイクリッドヒール』」
と、自分に掛けると同時に、バージェン枢機卿にも最上級回復魔法を掛けた。
傷が完全回復したバージェン枢機卿は、口角を上げると――
「『セイクリッド・サンダーボルト』!」
――ゼロ距離から勇者に向けて、最上級雷魔法を唱えた。
――が。
「! 何故!?」
――魔法は発動しなかった。
違和感を覚えたバージェン枢機卿が、自分の身体を見ると――
「……これは!」
――黒く輝く、縄のような形をした細長い光が、身体を戒めていた。
それは、元を辿ると、勇者の左手から発現していた。
勇者は、バージェン枢機卿の胸倉を掴んでいた左手を放すと、
「『束縛』だ。俺の『束縛』は特別製でな。身体の自由を奪うだけでなく、対象の魔法も封じる」
「!」
と言った。と同時に、勇者の至近距離に空間転移して来た魔猪――三メートルほどの猪の姿に似たモンスター――が、為す術なく落下していく。
勇者は、魔猪が地面に激突して死ぬまで少し待った後、
「『空間転移』」
と、空間転移魔法を、自分とバージェン枢機卿の両方に対して発動した。