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マイルズ擬きと戦った時と同じく、高高度まで辿り着いた後、勇者は、空中に静止した。
これで、ラリサからは離れる事が出来たと同時に、他のモンスターが空間転移した場合には、勝手に落下して死んでくれるはずだ。
そうこうする内に、バージェン枢機卿がバフォメットと共に、勇者に追い付いた。
勇者は、
(今回は相手が複数だしな。しかも、どちらもかなり強い。最初から最大火力をぶつけて、一気に片付けよう)
と思考すると、バージェン枢機卿たちに向かって、両手を翳した。
マイルズ擬きに使った、〝空を埋め尽くす程の魔法陣〟を出現させる技だ。
どれだけ強かろうが、あれだけの攻撃を浴びさせれば、殲滅は容易いと思われた。
――だが――
「!?」
――何も起こらなかった。
そして――
「!」
――飛行魔法が使えなくなり、突如勇者は落下した――
――しかし、突然空中に現れた地面に着地した。
足元、そして周囲を見ると――
「これは……!」
――勇者、そしてバージェン枢機卿とバフォメットが、巨大な四角い光に包まれていた。
バージェン枢機卿は、口角を上げると、
「どうですか? 私の結界内では、私の許可無く魔法を使う事は出来ないのです」
「!」
と、呟いた。
その直後、勇者の至近距離に空間転移して来た魔狼――三メートルほどの、氷の息を吐くモンスター――は、結界など無いかのように、四角い光をすり抜けて地上へと落ちて行った。
どうやら、特定の者のみ結界内に閉じ込め、他の者は素通りさせる事が出来るようだ。
尚、地上に落としたという事は、恐らく、バージェン枢機卿にとって、空間転移して来る他のモンスターたちは、戦闘の邪魔なのだろう。
バージェン枢機卿は、
「貴方の恐ろしさは、その強大な魔法に起因します。逆に言えば、魔法さえ封じてしまえば、勇者など、恐るるに足りません」
と言うと、余裕の表情を見せた。
が、勇者は、全く動じていなかった。
勇者は、
「魔法を封じたくらいで、この俺を倒せるとでも思ってるのか?」
と、聖剣を抜きつつ、闘気を身に纏い、不敵な笑みを浮かべる。
バージェン枢機卿は、
「ええ、勿論です」
と言うと、
「『防御』、『身体強化』、『身体強化』、『身体強化』」
と、立て続けに唱えた。
その声に呼応して、バージェン枢機卿は淡く輝く透明な球体状の光に包まれ、バフォメットの全身の筋肉が異様に隆起して行く。
バージェン枢機卿は、
「これで、魔王以上の化け物の完成です」
と言うと、
「殺しなさい」
と、冷酷に命じた。
バフォメットは、
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
と、咆哮し――
「!」
(速い!)
――結界の地面を蹴ると同時に黒翼を羽搏かせて更に加速し、一瞬で距離を詰めて、勇者の眼前に迫っていた。
(だけど!)
勇者は、闘気に包まれながら、聖剣でバフォメットを迎撃しようとする。
すると――
「!」
――硬いドラゴンの鱗すらも切り裂く、世界最強の剣である聖剣に闘気を乗せて放った一撃は、打ち下ろされたバフォメットの爪によって弾かれた。
(硬い!)
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
巨躯を誇るバフォメットは、眼下の勇者に猛攻を仕掛ける。
高速で降り注ぐ〝突き〟を、聖剣で迎撃して僅かに軌道をずらして、防ぐ勇者。
(このままじゃ、ジリ貧だ……!)
と思った勇者は、素早く後ろへと跳躍して、一旦距離を取った。
そして、闘気を纏ったまま結界の地面を強く蹴って猛スピードで結界の天井まで辿り着くと、くるりと回転して、両足を天井につけ、真下にいるバフォメットを睨み付けた。
(爪以外――腕や身体は、そこまで硬くないはずだ。反応出来ないくらいの超スピードで、斬る!)
と思った刹那――
――勇者が結界の天井を蹴るよりも一瞬早く、バフォメットが頭上の勇者に向けて右腕を突き上げた。
巨体のバフォメットだが、流石にその位置からは、攻撃は届かない。
にも拘わらず、バフォメットは、跳躍せず、黒翼で羽搏きもせず、右腕を突き上げており――
「がはっ!?」
――突如、勇者は、背後から腹部を貫かれた。