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勇者は、宿の一階のレストランで朝食を食べた後、空間転移して来るモンスターたちを殺しながら街中をブラブラと歩き、時折種々様々な小売店に入りつつ、時間を潰した。
そして、約束通り、正午に、大聖堂へ行った。
大聖堂は、白亜の美しい建物だ。
建物の上部には、十字架の中心に太陽が象られた〝セイクリッドライズ〟の象徴的な紋章が見える。
警備の衛兵二人を横目に見つつ(どうやら話は通っているようで、勇者を見ると、衛兵たちはどいてくれた)、中に入ると――
「勇者さん、お待ちしておりました」
――白髪で細い目をした中年男性――バージェン枢機卿が出迎えた。
他には誰もいない。
それもそのはず。王都内に幾つかあるその他の教会と違い、大聖堂は、年に一度一般向けに開放される日を除いて、一般人は立ち入り禁止なのだ。
以前と同じ白ローブに身を包んだバージェン枢機卿は、
「では、まずは……」
と言いながら、奥へと進んで行くと、女神像の前で立ち止まり、
「神に祈りを捧げましょう」
と言って、片膝をついて、頭を垂れ、祈りを捧げようとした。
勇者は、うんざりとした表情を浮かべつつ、
「それは良い。用件は何だ?」
と聞いた。
バージェン枢機卿は、
「せっかちですねぇ」
と言いながら、立ち上がった。
そして、勇者の方を振り返ると、
「残党狩りの事です」
と言った。
一体何の残党か、等と聞くまでも無い。
モンスターの残党だ。
バージェン枢機卿は、
「勿論、貴方が日々、命懸けでモンスターを殺し続けてくれている事は知っています。突如出現して襲い来るモンスターを、四六時中殺し続けなければならないだなんて、私には想像も出来ない程の苛酷さです。ですが、確か、その調子でモンスターを倒し続けた場合、世界中のモンスターを完全に殲滅するのに、十年ほど掛かる、という話でしたよね?」
と、言った。
勇者は、
「……そうだ」
と、答えつつ、空間転移して来たモンスターを素早く倒した。
特別な施設である大聖堂に、モンスターの死体が転がり、血溜まりが出来るが、
(俺を呼んだ時点でこうなる覚悟はしていたんだろう)
と、勇者は気にしない。
バージェン枢機卿は、
「勇者さんの奮闘には、本当に頭が下がります。ですが……いえ、だからこそ、私たちも、一日でも早くモンスターをこの世から駆逐するためのお手伝いをすべきだと思うのです」
と、両手を掲げながら語り掛けた。まるで演説のようだ。
勇者は、
「それは良いが、具体的にはどうするんだ? 軍隊を出すのか?」
と、聞いた。
バージェン枢機卿は、
「はい、仰る通りです。我が国は勿論ですが、出来れば、他の国々にも声を掛けて、協力して貰えたらと思っています」
と、頷いた。
それを聞いた勇者は、
(他国と協力、か……。難しいだろうな)
と思った。
歴史を紐解けば、大昔は人類同士で戦争をしていた。
それが、近年――ここ二百年ほど――は、戦争は全く起きなくなっていた。
それは偏に、モンスターたちの脅威があったからだ。
しかし、魔王は死んだ。
無論、まだモンスターの残党たちがいる。脅威が完全に消えた訳ではない。
が、モンスターを生み出す元凶であり、最強のモンスターである魔王が殺された事で、モンスターに対する各国の緊張は明らかに緩んでいた。
そして、それと共に、魔王が生きていた間は考える余裕すら無かった事――他国の領土が欲しい、他国の資源が欲しい、といった私利私欲――を考え始めていた。
よって、今の状況で世界各国が一致団結して残党殲滅作戦を行えるかと言われれば、疑問を抱かざるを得ない。
だが、可能性はゼロではない。
挑戦する事は、無意味では無かろう。
勇者は、
「それで、俺に何か聞きたい事でもあるのか?」
と訊ねつつ、突然至近距離に出現したモンスターを一瞬で屠った。
バージェン枢機卿は、
「流石は勇者さん。そうです、世界中で数多のモンスターと戦い、倒して来た勇者さんにしか答えられない事です」
と言うと、具体的な質問を始めた。
バージェン枢機卿が聞いたのは、以下の点だ。
・現時点での、世界中に残っているモンスターの凡その数。
・その中の、最上級モンスター、上級モンスター、中級モンスター、低級モンスターの内訳。
・世界のどの地域に、どのような種類のモンスターが、どのくらいいるのか。
・もし世界中のモンスターたちを一掃しようと思った場合、複数地域のモンスターたちを同時に叩いた方が良いのか、それとも、一ヶ所ずつ、着実に殲滅していった方が良いのか。
・世界からモンスターを完全に駆逐する場合、どのくらいの規模の軍隊が必要で、どのくらいの期間掛かるか。
勇者は、
(教団の幹部が俺に質問するとはな。こういう事は、軍隊の幹部とか、そういう奴が担当すると思っていたが)
と、多少違和感を感じつつも、一つ一つの質問に対して、空間転移して来るモンスターを倒しつつ、丁寧に答えて行った。
無論、残存しているモンスターの正確な数など、勇者は知らない。
しかし、世界中を旅しながら、二年間毎日モンスターと戦っていた勇者には、ある程度は予測が出来た。
全ての質問に答え終わると、バージェン枢機卿は、
「ありがとうございました。助かりました」
と、満足そうな表情を浮かべながら――
「これで、十匹ですね」
――と言った。
勇者は、
「? 何の話をして――」
と、声を上げるが、バージェン枢機卿の視線の先を追って、気付いた。
見ると、勇者が反射的に殺したモンスターたちの血塗れの死体が、勇者の周囲に転がっており、数えると、丁度十匹だった。
勇者は、改めてバージェン枢機卿を見ると、
「……だからどうした? 俺がここに来ればこうなる事は、分かっていたはずだ。苦情は受け付けんぞ」
と、訝し気に言った。
バージェン枢機卿は、
「苦情だなんて、とんでもない。貴方には、感謝しているのですよ」
と言うと――
「これで、貴方を殺せますから」
「!?」
――と言って、両手を翳した。
バージェン枢機卿から、聖職者とは思えぬ黒い魔力が放たれると、大聖堂の床全体に巨大な魔法陣が黒き輝きと共に浮かび上がる。
「これは……!」
驚愕の声を上げる勇者を見て、口角を上げたバージェン枢機卿は、
「出でよ!」
と、命じた。
その声に呼応して、魔法陣の中央から、巨大なモンスターがせり上がるようにして出現した。
漆黒のソレは、頭部は羊で、全身が黒い体毛に覆われ、背中には黒翼が生えており――
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――余りの巨躯故、立ち上がって咆哮したソレは、大聖堂の天井を突き破り、建物が崩壊して行く。
(マズい!)
と思った勇者は、
「『空間転移』!」
と、空間転移魔法を発動した。




