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数日後。
相も変わらず、ラリサとランチデートをしたりお茶をしている内に、ラリサと出会ってから二週間が経過していた。
つまり――
(あと二週間で、コイツは死ぬって事か……)
と、勇者は、もう何度もデートしているはずなのに、レストランのテーブルで、
「えへへ」
と、幸せそうにジュースを飲むラリサを見詰めながら、思った。
(こんなに元気なのにな……。信じられんな……)
と、勇者は思考する。
その〝信じられない〟という思いには、〝信じたくない〟という感情も混じっていたのだが、勇者は気付かなかった。
翌日。
高級宿に泊まっている勇者の部屋に、朝早く、教団――〝セイクリッドライズ〟――の使者がやって来た。
白ローブを着用した若い男に手渡された書状によると、どうやら、バージェン枢機卿が大切な話があるとの事で、本日の正午に大聖堂に来て欲しい、との事だった。
「うわぁ……」
と、あからさまに嫌な顔をする勇者だったが、
「……分かった……」
と、絞り出すように返事をしつつ、空間転移して来たモンスターを瞬時に殺した。
若い男は、
「ありがとうございます。何卒よろしくお願い申し上げます、勇者さま」
と、恭しく頭を垂れると、
「失礼します」
と言って、去って行った。
勇者は、正直、バージェン枢機卿が苦手だった。
というよりも、王や貴族全般、そしてお偉いさんたち全員が苦手なのだ。
政治の事も、宗教の事も、基本的に勇者は、興味が無い。
だから、自分に関わらないでくれれば、勇者は何も思わない。
が、何か話をしなければならない、となると、一気に事情が変わって来る。
冒険者と、王・貴族・教団幹部では、生きて来た世界が違い過ぎて、話が全く合わず、苦痛でしかないのだ。
だが、この国で――特にこの王都で暮らしている以上、教団で教皇の次に偉い人物の頼みを無下に断る訳にはいかない。
「はぁ」
と、深い溜め息を付きながら、勇者は一階のレストランへと向かおうとして、
「おっと。その前に」
と、隣の部屋の前で立ち止まると、ドアをノックした。
「ラリサ。いるか? 俺だ」
と言うと、中からダダダダッと駆け寄って来る音が聞こえて、バン、と勢い良くドアが開いたかと思うと、
「まさか、勇者さんが自分の部屋に来てくれるなんて! 夜這いっすか? 夜這いっすね!」
と、頬を紅潮させながら、科を作る。余程気に入ったのか、部屋の中でも勇者がプレゼントした帽子は被ったままだ。
「アホ。違ぇよ。っていうか、もう朝だし。それに、触れないのに夜這いも何もあったもんじゃないだろうが」
と勇者が突っ込むが、ラリサは、
「多分、手で身体を支える感じで優しく押し倒せば、きっと呪いに弾かれる事なく、それっぽい体勢に持ち込めるっす! 勇者さん、千載一遇のチャンスっす! あ、もしかして自分、ベッドで寝てた方が良いっすか? じゃあ、今から寝るっす!」
と、言った。
「『チャンスっす』じゃねぇよ。ていうか、寝るな。起きとけ」
と、呆れながら再び突っ込んだ勇者は、少し躊躇した後、
「それより、あのな」
と言うと、
「……悪い。今日のランチデートは行けなくなった」
と、続けた。
一瞬の間の後――
「ええええええええええええ!? 何でっすかあああああああああああ!?」
と、ラリサはこの世の終わりのような、〝絶望〟を滲ませた表情を浮かべた。
勇者は、
「いやだから、悪いって言ってるだろ。っていうか、毎日デートしてるのに、一回出来ないくらいで大袈裟だろう」
と言うが、ラリサは、
「『一回出来ないくらい』じゃないっす! 『一回も』っす! やだやだやだ! 勇者さんとデートするっす!」
と、駄々をこねる。
勇者は、背後に空間転移して来たモンスターを一瞬で斬り伏せつつ、
「バージェン枢機卿に呼ばれたんだから、仕方ないだろ?」
と言うが、ラリサは相変わらず、
「やだやだやだ! 勇者さんとデートするっす! デートするっすううううう!」
と、叫び続けている。
勇者は、溜息を一つついた後、
「多分、夕方には終わると思うから、その後、ディナーデートするってのはどうだ?」
と提案した。
すると、ラリサは、
「ディナーデート! 何か、大人な感じがするっす! ディナーデートするっす!」
と、先程までが嘘のように、目を輝かせた。
安堵した勇者が、
「じゃあ、決まりな。お前は、夕方頃に宿にいてくれ。俺も一旦戻って来るから、宿で合流してから改めて出掛けよう」
と言うと、
「分かったっす!」
と、ラリサは満面の笑みを浮かべた。