30
一旦森の中に空間転移した直後、マイルズ擬きは立て続けに空間転移魔法を発動して、砂漠へと移動し、更に草原へと空間転移した。
それは、勇者に後を追わせないための策だった。
草原の中に佇むマイルズ擬きは、
「くそっ! どうなってやがるんだ!? この男は、勇者より強いんじゃなかったのかよ!」
と、叫んだ。
そして、こう続けた。
「まぁ、良い。あれだけ空間転移を繰り返せば、追っては来れねぇだろう。一旦態勢を整え――」
――だが。
「がぁっ!?」
――その台詞の途中で、頭部から上半身、そして下半身まで、左右に一刀両断された。
手に持っていた魔法の杖が、地面に落ちる。
「『そんな魔法で俺様を倒せる訳ねぇだろうが!』だったか? じゃあ、『風刃』だけで殺してやる」
「!」
背後に現れた勇者に、マイルズ擬きは――
「『空間転――』」
――と、慌てて空間転移魔法で逃げようとするが――
「『風刃』」
「ぐぁっ!」
――一瞬早く、勇者が翳した手から出現した無数の風の刃によって、頭部から足の先まで、身体中を細切れにされた。
勇者は、
「マイルズは、スキャンしようと機会を窺っていたお前――いや、お前らに勘付いていたんだ。そして、気付かない振りをして、〝改竄した記憶〟を、お前らにスキャンさせた。自分に擬態した後、俺を――勇者を襲いに行くんだろうって、分かってて、わざとそうしたんだ、あの野郎は。きっと、〝面白そうだから〟とか、そんな理由でな。〝改竄した記憶〟のせいで、お前らは、マイルズの方が俺よりも強いと錯覚させられたんだ」
と言った。
そして、
「あ、そうそう。癪だが、アイツはお前らみたいに弱くない。魔法に於いては、世界で俺の次に強い奴だからな。恐らく、アイツなりに気を使ったんだろうな。俺を襲う事になるであろうお前らに、自分の本当の強さを隠した状態でスキャンさせたんだ。だから、俺に負けたのは必然だったんだ。ま、本気のアイツの強さをスキャンしていたとしても、俺が勝っていたけどな」
と、肉片と化したマイルズ擬きに向かって呟きつつ、至近距離に空間転移して来たゴーレム――全身が土で出来た巨大なモンスター――を、聖剣を一閃して殺した。
勇者が空間転移して来た事で、近くに空間転移されて来たラリサが、
「勇者さんの仲間じゃなくて……モンスターだったんすね……」
と、言った。
勇者は、
「そうだ。他の最上級モンスターに擬態する最上級モンスターだ。傍目には人間にしか見えないから、恐らく、堂々と城門を通って、王都内に侵入したんだろう」
と、ラリサの方を向き、頷いた。
すると、ラリサは唐突に――
「ごめんなさいっす!」
――と叫び、勇者に向かって頭を下げた。
「何の話だ?」
と、困惑する勇者に、ラリサは一旦顔を上げると、
「ジュディさんの事で、勇者さんに散々浮気だなんだと言ってのに、自分、他の相手と、二人っきりでお茶してしまったっす……。だから、ごめんなさいっす!」
と言って、再び頭を下げた。
勇者は、
「そんな事か。別に良い。気にするな」
と言うと、
「それよりも、お前、大丈夫だったか?」
と、聞いた。
ラリサは、キョトンとしながら、
「自分は、呪いがあるから、どんな攻撃されても、効かないっすよ?」
と、小首を傾げた。
勇者は、
「……そうだったな」
と言うと、ポリポリと頭を掻いた。
何故、気遣ったのか。何に対して、気遣ったのか。
そんな疑問が、勇者の頭に浮かんだが、答えは分からなかった。
ラリサは、
「でも、心配してくれて嬉しいっす!」
「!」
と、明るい声を上げた。
その笑顔が眩し過ぎて、勇者は直視出来ず、
「じゃあ、戻るぞ」
と言って、目を逸らした。
ラリサは、
「はいっす!」
と、元気良く言った。
そして、勇者は空間転移魔法を発動し、二人は王都へと戻った。