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その一部始終を見ていた勇者は、未だに空中に静止したまま、
「あの野郎……帰ってやがったのか……」
と呟きながら、新たに空間転移して来たモンスターを炎魔法で焼き尽くした。
「ラリサを連れ去りやがって!」
と、苛立ちながら言った勇者が、ラリサたちを追い掛けようとした瞬間――
「!」
――鋭い視線を感じて、勇者は、背後を振り返り、眼下を見下ろした。
すると、路地裏に、見慣れた人影が見えた。
明らかに〝マズい!〟という表情を見せたその人物は、高速でその場を離れようとした。
だが、路地裏にまで大勢の人たちが押し寄せており、思うように動けない。
その隙に、勇者は、空からその人物に追い付いて、地面に降り立った。
「何やってるんだ、お前?」
勇者に聞かれて――
「いや、あたしは何も……ただ、散歩してただけよ」
――と、ジュディは言った。
これだけの人が集まっているのだ、普通に考えれば、〝たまにしか姿を見せないバージェン枢機卿を見に来た〟とでも言った方が、自然に聞こえるだろう。
しかし、勇者と同じく、ジュディも、バージェン枢機卿や〝セイクリッドライズ〟には興味を持っていなかった。そのため、そう言うと逆に怪しまれると思い、その言い訳は使えなかったのだ。
勇者は、
「散歩、ねぇ……」
と、訝し気にジュディを見やる。
ジュディは、
「じゃあ、あたしは店に帰るから」
と言うと、足早に立ち去った。
その後ろ姿を見ながら、勇者は、
(俺の事を監視していた……? いや、まさかな。それに、何のために監視するんだ? あいつが俺を監視する意味なんて無いし)
と、頭を過ぎった考えを、首を振って自ら否定しつつ、飛行魔法で再び空に舞い上がり、空間転移して来た魔蜥蜴――二メートル程の巨大な蜥蜴のモンスター――を、炎魔法で灰にした。
一方、バージェン枢機卿は、馬車の中に戻っており、馬車は再び動き出していた。
付き人の若い聖職者の男が、
「流石バージェン様! 下々の者たちに対しても、あの御慈悲! 感動しました!」
と、興奮気味に語り掛けると、バージェン枢機卿は、
「信者あっての〝セイクリッドライズ〟ですからね。民は宝ですよ。大切にしなければなりません」
と、穏やかに言った後――
「そう、大切に……ね……」
――と、細い目を薄っすらと開け、口角を上げた。