24
その翌日。
ランチデートを終えた勇者とラリサが大通りを歩いていると、王都の奥――王城の方――から、馬車がゆっくりと近付いて来た。
「バージェン様!」
「バージェン様だわ!」
見ると、立ち止まり、片膝をついて両手の指を交差させながら組んで、祈りを捧げる人々がいる。
人々の視線の先にいるのは、徒歩の衛兵たちに護衛されながら、ゆっくりと走る馬車の車窓から笑顔で手を振る白髪で細い目をした男だ。
ラリサが、
「誰っすか、あれは?」
と聞くと、勇者は、
「バージェン枢機卿だ。国教――この国の宗教である〝セイクリッドライズ〟の聖職者で、お偉いさんだ。教皇に次ぐ地位で、現在他に枢機卿はいないから、宗教に於いては実質二番目に偉い人物だ」
と、空間転移して来たモンスターを倒しつつ、淡々と答えた。知ってはいるものの、特に興味は無い、という様子だ。
「へぇ~! そんな偉い人なんすね!」
勇者と違って、ラリサは素直に感心している。
〝セイクリッドライズ〟は、〝神を信仰する事で、死後に救われる〟とされる宗教だ。
そして、その教義は、〝自然である事〟を是としている。
例えば、〝神は、子を産み育むために、男と女を創られた〟としているため、〝男女の結婚〟が〝自然な事〟であり、〝同性婚〟は〝不自然である〟ために、禁じられている。
同じく、〝神は、男女の身体的成熟を以って結婚を許可する〟としているため、〝成人年齢〟である十五歳未満の結婚は禁止されている。
更に、〝神が創りたもうた人類が最も神に近く神聖な存在〟であるため、世界中に幾つもの国が建国され、人間たちが繁栄するのは〝自然な事〟であるとされる。
モンスターに関しては、そんな人類とは正反対で、人間に害を為す、下賤で卑しく醜い存在であり、殲滅してこの世から消し去った状態が〝最も自然である〟とされる。
さて。
そんな〝セイクリッドライズ〟の教皇は、一年に一度、国民に向けたメッセージを述べる時にしか姿を現さず、しかも一般市民は遠くから眺める事しか出来ないが、バージェン枢機卿は、不定期だが一~二ヶ月に一回程度、このようにして国民に対して姿を晒すようにしている。
国からの補助金はあるものの、市民からの布施が〝セイクリッドライズ〟の重要な運営資金源であるため、彼らの気分を高揚させて、出来るだけ寄付させたいのだろう。
ちなみに、バージェン枢機卿――トニー・バージェンは、まだ中年のはずだが、髪は真っ白だ。
元々は金髪だったらしいその髪に、勇者は、
(それだけ、組織内でトップレベルに上り詰めるための苦労があるって事か)
と考えたが、
(まぁ、どうでも良いが)
と、直ぐに興味を失った。
勇者がほんの少し思考していた間に、
「バージェン様がいらっしゃっているぞ!」
「御尊顔を拝見しなくちゃ!」
と、群衆が一気に押し寄せて来た。
そして――
「あっ! 勇者さん!」
――ラリサが人混みに呑まれた。
「ラリサ!」
勇者が声を掛けるが、時既に遅し。
ラリサは、姿が見えなくなった。
ラリサは、
な、何すかこの人数は!?
と、混乱し、動揺した。
生まれてからずっと母親と一緒に地下牢で暮らし、母親の死後は、(近くに監視はいたが)一人で暮らしていたのだ。
そのため、こんなに大勢の者たちに囲まれる等という経験は皆無であり、ラリサは――
「うっぷ……」
――人混みに酔った。
魔王の呪いがあるため、誰もラリサに触れてはいないのだが、それでも人酔いしていた。
そして、
ひ、人がいない所!
と、誰もいない空間を求めたラリサは、
「ぷは~! 助かったっす~!」
と、人混みを抜け出して、少し開けた空間に辿り着き、安堵の余り、へなへなと地面に座り込んでしまった。
その直後――
「危ない!」
「――へ!?」
――ラリサの眼前に、馬車を引く二頭の内、一頭の馬が迫っていた。
どうやら、気付かぬ内に、大通りのど真ん中――馬車の進路――に入ってしまっていたらしい。
「ラリサ!」
群衆の中にモンスターが現れたら危険だと思い、飛行魔法で空中に飛んで、出現したモンスターを炎魔法で焼き尽くして、群衆の上に死体が落ちないようにしていた勇者が、ラリサの状況に気付いて声を上げる。
思わず、ラリサの直ぐ傍に空間転移しようとした勇者だったが――
「よっと」
「「!」」
――突如ラリサの傍に現れた、上半身裸の筋骨隆々な茶髪男が、淡く輝く茶色い魔法の杖を馬車に向けると、馬車が光に包まれて――ピタリと止まった。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
半裸ではあるが、太い眉毛のイケメンが笑みを浮かべ、至近距離にも拘わらず大声で――本人にその気は無いのだろうが――そう訊ねると、ラリサは、
「だ、大丈夫っす! ありがとうっす!」
と、答えた。
そんなラリサに対して、護衛の衛兵たちが、
「無礼者!」
「バージェン様の馬車の前に飛び出すとは、言語道断! ひっ捕らえてやる! そこに直れ!」
と、怒号を上げた。
ラリサは、
「ご、ごめんなさいっす! わざとじゃないっす! すぐどくっすから、許して欲しいっす!」
と、申し訳なさそうに頭を下げるが、衛兵たちは、
「言い訳無用!」
「侮辱罪で牢屋にぶち込んでやる!」
と、容赦ない。
〝牢屋〟という単語に、長年地下牢に閉じ込められていたラリサは、
「そ、それだけは嫌っす!」
と、蒼褪めるが、それでも衛兵たちは聞く耳を持たない。
それを見た半裸イケメンは、
「話を聞かねぇんだったら、実力行使しかねぇな」
と、相変わらず笑みを浮かべたまま呟くと、魔法の杖を握る手に力を込め、衛兵たちに対して、殺意を込めた視線を送った。
すると――
「待ちなさい」
――衛兵たちの背後から、声が掛けられた。
見ると、いつの間にか馬車から降りていたバージェン枢機卿が、付き人らしき若い聖職者の男と共に佇んでいた。その身を包むのは、白を基調としたローブで、金色の刺繍が入っている。付き人も似た服装だが、バージェン枢機卿が身に纏うローブの方が、より豪奢に見える。
そして、ゆっくりと歩いてラリサに近寄って来たバージェン枢機卿は、
「危ない目に遭わせて、申し訳ありませんでした。大丈夫ですか?」
と、穏やかに語り掛けた。
ラリサは、
「じ、自分は、大丈夫っす! こちらこそ、ごめんなさいっす!」
と、再び頭を下げた。
バージェン枢機卿は、
「それなら良かった。安心しました」
と、自分の胸に手を当てて微笑んだ。
ふと、バージェン枢機卿は、半裸イケメンに視線を移すと、
「おや、貴方は……」
と呟いた。
半裸イケメンも、バージェン枢機卿を知っているような表情を見せたが、
「嬢ちゃん、俺様に付き合え!」
と叫ぶと、返事を待たず、ラリサの手を引っ張って――触れてはいなかったが――猛スピードで走り出した。
「ちょっ! 待つっす! どこ行くっすか!?」
と、止めようとするも、危害を加えようとする行為ではないため、呪いで弾く事も出来ず、ラリサは半裸イケメンによって連れ去られてしまった。