20
そして、数年が経った。
この頃には、既に、ラリサ以外の〝忌み子〟は、全員死んでいた。
そんな、ある日。
「魔王様が、勇者たちに、こ、殺された!」
「マジか!? ヤベー、俺たちも逃げるぞ!」
「!」
勇者とその仲間が魔王城に攻め入り、魔王を屠った、という情報を耳にした。
魔王が……勇者に……!?
と、ラリサが驚愕に目を見開いた。
――直後――
<我が僕たちよ>
「!?」
――脳内に、地の底から響くようなおどろおどろしい声――数年前に聞いた声――が響いた。
<我は、あの忌々しい勇者によって打ち滅ぼされた。だが、彼奴に呪いを掛けてやった。お前たちを次々と空間転移して彼奴を襲わせるという呪いだ>
「ぐぁっ!? ……何すか……これ……!?」
頭が割れるような痛みが走り、ラリサは顔を歪める。
<我が僕たちよ、彼奴を殺せ。憎き彼奴の喉元を掻っ切り、腸を引き摺り出せ。断末魔の悲鳴を上げさせろ。彼奴を殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ>
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
頭の中がどす黒い怨嗟で埋め尽くされて行き、ラリサは悲鳴を上げた。
――が。
<殺せ殺せ殺せ殺せ殺――>
「――ッはぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
――突如、魔王の声が消えて、頭痛も、脳内を支配しようとしていた怨念も消滅していた。
どうやら、魔王自身が以前掛けたラリサの〝呪い〟によって、魔王の声は弾かれたらしい。
――しかし。
「……こっちの呪いは、発動してるっすね……」
適宜モンスターを勇者の所へ空間転移させるという呪術魔法は、同じ魔王に掛けられたためか、弾かれず、有効であるようだった。
普段、どんな魔法も魔力も弾き返す自分の身体に、新たな魔力が絡み付いている感覚がする。
そして、それは、魔王の魔力に違いなかった。
ラリサはそこで、改めて、落ち着いて考えた。
魔王が、死んだ……
心の中で、そう呟くと、ラリサは――
「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
――大声で叫び、両の拳を振り上げた。
勿論、自分の手で殺したかった、という思いはある。
だが、攻撃する手段を持たず、この地下牢から出る事すら出来ない自分には、到底無理な話だった。
それを、代わりに勇者が成し遂げてくれたのだ。
「お母さん! 勇者が……ううん、勇者さんが、魔王を殺してくれたっす! 仇を取ってくれたっすよ! お母さん……!」
そう言うと、ラリサは、感極まって涙を流しつつ、上を見上げた。
見えるのは、地下牢の薄汚れた天井だけだ。
が、その遥か上――空の上からきっと、母親も見守ってくれている事だろう。
そして、きっと、自分に微笑み掛けてくれていると、ラリサは思った。
その後。
監視役のモンスターたちが逃げ出した事で、ラリサは、ただ一人、地下牢の中に取り残された。
もしかしたら、勇者がここまで来るかもしれない……とも思ったが、勇者は来なかった。
きっと、魔王を倒す事に全力を使ったため、無理をして残党狩りをしない方が良い、と判断して、戻って行ったのだろう。賢明だ。
それから、ラリサは一人、地下牢の中で暮らし続けた。
そんな事が出来たのは、食料と水が、地下牢の中に、十分に用意されていたからだ。
ラリサは、〝忌み子〟ではあったが、魔王の〝子ども〟であったため、地下牢に閉じ込めてはいるものの、ある程度は丁重に扱われていた(怖がられてはいたが)。
例えば、氷属性の魔力を持つ魔石を嵌め込んだ魔導具による、巨大な冷蔵庫と冷凍庫が、地下牢の中に設置されており、〝忌み子〟に近付く事を恐れていた世話役(兼監視役)のモンスターたちが、最初に、ありったけの食料と水を入れておいたのだ。
そのため、ラリサは、一人になった後も、何とか地下牢内で生き延びる事が出来た(勇者が泊まっている高級宿にあるような、魔導具によるトイレと、魔導具による風呂もあった)。
魔王が殺されてから、一ヶ月、二ヶ月と経つ中で、ラリサは、勇者に対する想いが少しずつ変化していった。
最初は、〝恩人〟だと思っていた。
直接会って、礼を言いたいと思った。
だが、次第にそれは――
勇者さん……勇者さんは、どんな人っすか? どんな顔をしてるっすか? どんな声っすか? どんな性格っすか? 勇者さんの事を知りたいっす……
――勇者を慕う気持ちへと変わって行った。