17
一瞬後。
勇者は、砂漠地帯に空間転移していた。
そして、勇者の眼前に空間転移して来たのは――
「クラーケンか……」
――数十メートルはあろうかという、巨大な烏賊の姿をしたモンスターだった。
飛行魔法で一気に上空へと舞い上がった勇者が、空中で静止し、聖剣を抜いて闘気を纏った、次の瞬間――
「何すか、このモンスターは!? それに、ここ、どこっすか!?」
「!?」
――ラリサが声を上げた。
勇者は、眼下のラリサを見下ろしながら、
「お前、どうやってここに来たんだ!?」
と叫ぶと、ラリサは、
「分かんないっす! 気付いたら、ここにいたっす!」
と、答えた。
勇者は、
「とにかく、出来るだけコイツから離れてろ!」
と、叫んだ。
勇者の力になりたい所だが、相手に攻撃する事さえ出来ない自分がいても足手纏いである事は明白なので、ラリサは、
「……分かったっす!」
と叫び返すと、クラーケンに背を向けて走り始めた。
しかし――
「きゃっ!」
――砂に足を取られて、転けた。
顔面が地面に激突した――ように見えたが、衝撃は弾かれて無効化されたため、痛みは全くない。
立ち上がったラリサは、平地と違った感覚に戸惑いながらも、懸命に走って行った。
そんなラリサを一瞥しながら、勇者は、
(俺はアイツに空間転移魔法を掛けてないし、仮に掛けたとしても、魔法は全て弾かれるはず。じゃあ、アイツはどうやってここに来たんだ!?)
と思考するが――
「おっと!」
――気付くと、クラーケンがその巨大な腕を素早く伸ばして攻撃して来ており、勇者は、反射的に聖剣で斬り落とす。
(考えるのは、後だ!)
と、勇者は、目の前の敵に集中する事にした。
十本の腕を次々と操りながら攻撃して来るクラーケンに対して、勇者は飛行魔法による高速移動で躱すと同時に、相手の腕を一本ずつ斬り落として行く。
全ての腕を斬り落とした後、勇者は、満を持して、残された巨大な頭部のように見える部分へと飛行して近付き、聖剣を上段に構えた。
――直後。
「!」
――斬り落としたはずの十本の腕が、再生して同時に勇者に襲い掛かる。
――が。
「遅いっ! はあああああああっ!」
――一瞬早く勇者が聖剣を振り下ろすと、クラーケンの身体は一刀両断され、勇者の眼前に迫っていた十本の腕は全て動きを止め、地面に落ちた。
勇者は、
「ふぅ」
と、息を一つ吐くと、空中で静止した。
すると――
「すごいっす! さすが勇者さんっす!」
と、下の方から声がした。
後ろを振り返って眼下を見下ろすと、それ程遠くない場所にラリサがおり、勇者をキラキラした目で見上げていた。
「ったく。出来るだけ離れてろって言ったのに。アイツは」
と、勇者が呟いた、次の瞬間――
「……お前……もしや……魔王……様の……最後……の……〝忌み子〟……か……?」
「!」
――その巨大な目でラリサを見詰めたクラーケンが、苦しそうに低い声で呟くと、ラリサが驚愕に目を見開いた。
その反応を見たクラーケンは、
「……やはり……そうか……。……モンスターが……何故……勇者と……共に……いるのかと……疑問に……思って……いたが……。……勇者と……殺し……合う……事も……無く……共に……行動……を……取る……など……滑稽……である……事……甚だ……し……い………………」
と、最後の力を振り絞って言うと、轟音と共に崩れ落ちて、死んだ。
勇者は、
「魔王の、最後の〝忌み子〟?」
と、眉を顰めつつ、眼下を見下ろすと、ラリサは、先程と打って変わって、気まずそうに俯いていた。
(とにかく、まずは王都に戻るか)
と思った勇者は、
「戻るぞ」
と声を掛けた後、
(俺の勘が正しければ、多分、空間転移すれば、コイツは自動的について来る)
と思いつつ、
「『空間転移』」
と、空間転移魔法を使った。