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 勇者は高級宿の方へ向かうでもなく、フラフラと力なく歩いて行き、ラリサはその後をついていった。

 こんな状態でも、勇者は、至近距離に空間転移して来るモンスターたちを一瞬で殺して行く。勇者の全身は返り血で真っ赤に染まっていた。


 暫くした後。

 意を決して勇者の隣に行ったラリサがチラリと見ると、勇者の目には、怒りではなく、深い悲しみが見て取れた。

 その瞬間、ラリサは胸がどうしようもなく苦しくなって、思わず、勇者の手を取った――実際に触れてはいなかったが。

「勇者さん、ちょっと、店に入るっす!」

「………………」

 抜け殻のようになっていた勇者は、ラリサに促されるがまま、レストランの中へと入って行った。

 奥まったテーブル席に座った後、ラリサがジュースを二つ注文すると、間も無く、ウェイトレスが長細いグラスに入ったジュースを持って来て、テーブルの上に置いた。

 ラリサは、対面に座る虚ろな目をした勇者を見詰めつつ、一体自分に何が出来るのか、と、暫く思案していた。

 そして、ふと、何かを思い付いたらしく、

「勇者さん!」

 と、明るく語り掛けると、続けた。

「自分は、ラリ……〝ラリッサ〟っす! この国で生まれ育った、〝人間〟の女の子っす!」

 そう言いながら、自分が被っている帽子をポンポンと叩き、腰を浮かせて、臀部の上部もポンポンと叩いて見せた。

 どうやら、〝角も尻尾も無いから、自分は人間だ〟と言いたいらしい。

 ラリサは、

「王都で十六年生きて来て、ずっと勇者さんに憧れてたっす! そんな勇者さんと、こうやって一緒にいられて、すごく幸せっす!」

 と、笑顔で言った。

 ラリサが何をしようとしているのか、勇者にも伝わって来た。

 先程、大勢の少女たちから〝馬鹿にされ、賭けの対象――玩具――にされ、誰にも必要とされていなかった〟事が判明した勇者に対して、〝そんな事はない、自分は貴方を必要としていますよ〟と伝えたいのだ。

 しかし、勇者は、至近距離に空間転移して来たモンスターを瞬時に倒しつつ、ラリサを冷めた目で見ながら、

(モンスターに慰められてもな……)

 と思っていた。

 勇者が相変わらず元気が無いので、ラリサは、

 何か無いっすか!? もっと、もっと勇者さんを元気付けられるような、何かが!?

 と思いながら、必死に周囲を探す。

 すると――

「!」

 何かを思い付いたラリサは、自分のグラスを持つと、一気にジュースを飲み干して、更に、

「失礼するっす!」

 と言って、手を伸ばして勇者の分のグラスを取ると、そちらも同じく一気に飲み干してしまった。

 そして、二個のグラスを手に持ち、後ろを向いて何やらゴソゴソしていたかと思うと、バッと振り向いて、こう叫んだ。

「じ、自分、見ての通り、巨乳っす! そんな自分は、勇者さんの事が大好きっす!」

 見ると、胸が不自然に盛り上がっている。

 どうやら、二個の長細いグラスを、自分が着ているドレスの胸元に強引に入れたらしく、歪な形に、不自然に盛り上がった胸を張りながら叫ぶラリサを見て、思わず勇者は――

「ぶっ!」

 ――吹き出して――

「アハハハハハハハハハ! そんな胸の女いねぇよ! アハハハハハハハハハ!」

 ――笑い声を上げた。

 ラリサは、

「自分の熱い想いに感動する場面だと思うんすけど……でも、元気になったなら、良かったっす!」

 と、一瞬複雑な表情を見せた後、グラスを胸元から取り出してテーブルの上に置きながら、微笑んだ。

 勇者は、一頻り笑った後、

「お前は〝ラリサ〟だし、〝人間〟じゃなくて、〝モンスター〟だ」

 と言った。

 その言葉に、ラリサは、

「そう……っすよね……」

 と、俯いて肩を落とす。

 そんなラリサを見詰めながら、勇者は、

「でも、あんなに面白いもん見せてくれたんだ。礼として、デートしてやるよ」

「!」

 と、穏やかな表情で言った。

 勢い良く顔を上げたラリサが、

「ほ、本当っすか!?」

 と聞くと、勇者は、

「ああ、今度こそ本当だ」

 と、頷いた。

 すると、ラリサは、

「やった~! ありがとうっす! 勇者さん!」

 と、立ち上がり、飛び上がって喜んだ。

 不器用だが、愚直で一生懸命。

 そんなラリサの満面の笑みを見ながら、勇者は、

(少しだけ……似てるかもな……)

 と、二年半前に死んだ幼馴染の少女の事を思い出しつつ、背後に空間転移して来たスライムを一刀両断した。

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