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トンビが鷹を生んでれば

 ジナーンがその報せを受け取ったのは、留学先の寄宿舎での事だった。本国から急ぎ報せを持ってやって来た近衛騎士は、緊張の面持ちでジナーンの返答を待っている。

 父である国王からの書簡に目を通すと、ジナーンは難しい顔をして深く溜め息をついた。そして眉根を寄せながら眉間を指で揉むと、心底がっかりした声で呟いた。


「兄上も、愚かな事を……」


 もう一度溜め息をつき、ジナーンは近衛騎士に問い質す。


「決定は覆らないのか?」

「はい。皇帝陛下がお怒りのようでして」


 我が王国の宗主国である帝国が、口を出して来ているのか。それでは兄上の廃嫡は確実だな。


「わかった。ぼくに国王が務まるとは思えないが、仕方がない。直ぐに帰国しよう」

「ありがとうございます、殿下」

「国も混乱しているだろうし、早い方が良いんだろう?明日出発でも大丈夫か?」

「お心遣い感謝致します。ですが国の一大事ですので」

「そうだな。では今夜はゆっくり休んでくれ」


 近衛騎士を労って下がらせると、ジナーンは小さくガッツポーズをして喜びを噛み締めた。


「やった!やっぱりやらかした!これでぼくが国王だ!バンザイッ!!」


 あくまでも小声で、決して誰にも聞き咎められないように自分の幸運を喜ぶジナーン。いや、これは幸運などでは無い、必然だ。いつかこんな日が必ず来ると信じて、ぼくは今日まで雌伏していたのだ!何せウチの家系は、王太子が漏れなくやらかして来たからな!


 ニヤニヤとジナーンはほくそ笑む。兄だけでなく、伯父も祖父も曽祖父も、結婚直前になって婚約を破棄した。理由も皆同じで、長年支えてくれた婚約者を捨てて、新しく作った恋人を王妃にしたいというもの。それを事前の根回しも無く、舞踏会や祝賀会など大勢の前で、突然宣言してきたのだ。


 当然我が国は、その度に大混乱に陥った。曽祖父の時には恋人は側妃に、祖父の時には妾妃にすることで何とか体面を保ったが、帝国に目を付けられてしまった。そして伯父がやらかした時には、帝国からの干渉で、とうとう伯父が王位継承権を剥奪された。そんな血筋なもんだから、ジナーンは兄もやらかすと確信していた。そして実際そうなった!


 ああ、これまで王位になど興味の無い振りをして待っていたかいがあった!ウチの国の名前を出す度に、何ともいえない目で見られ、馬鹿にされ、笑われるのに耐えてきたかいがあった!

 忍耐の日々はここまでだ、ぼくにはバラ色の未来が待っている!これからは見ていろ、下がり切った国力もなけなしの信頼もぼくが回復してみせる、そして我が国中興の祖として歴史に名を刻んでやる!


 翌日ジナーンは意気揚々と、でも表面上は厳粛に、帰国の途についた。そして王宮より先に、婚約者であるフィアの実家に駆け込んだ。


 幸いフィアは在宅していて、ジナーンが帰国したと聞き慌てて対応に出てきてくれた。これからちょうど、両親と一緒に王宮へ行く所だったという。間に合って良かった!


「ずいぶん早かったわね」

「ああ、報せを聞いてすっ飛んできたからな」


 久し振りに会うフィアは、相変わらず化粧もせず、王宮へ行くというのに地味なドレス姿だ。その紺色のドレスの足元に、ジナーンは恥も外聞もなく全身を投げ出して叫んだ。


「すまないフィア、ぼくとの婚約を解消してくれ!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 私が国王と執務室で打ち合わせをしていると、バタンと乱暴にドアが開き、ジナーンが飛び込んで来た。ドアを守っていた近衛騎士の制止も聞かず、鼻息荒く国王に迫る。


「父上、如何いうことですか?本日は譲位のための話し合いがあると聞いたのに、ぼくは呼ばれていないのですが!」


 国王は数日前からデフォルトになった疲れた顔で、深い溜め息をついた。


「其方には関係ないから呼んでおらんのだ」

「関係ない?このぼくに関係ないと?これは可笑しなことを仰る。父上は随分と耄碌されたようだ」


 馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべたジナーンは、元王太子とそっくりだ。本当によく似た兄弟だ。外見も、内面も。


「これは譲位を急いだ方が宜しいのではないですか、父上?国政に影響が出る前に」

「其方に言われんでも急いでおる。皇帝陛下からも年内に必ずと言われておるからな」

「では遅くとも来年には、ぼくが国王として辣腕を振るえるのですね」

「何を戯けたことを言っておるのだ?」


 国王が酷い頭痛を感じたように、こめかみを押さえる。お気の毒に。少々アレな男性王族達の中にあって、現国王だけはまともな神経の持ち主だ。だからこそ、長男ばかりか次男まで碌でもないと判明し、人一倍ダメージを受けておられるのに。子育てに失敗した責任を取って譲位されるのに、原因の一端を担うジナーンが追討ちをかけるとは。


 執務室にいた全員が、私と同じ気持ちを抱いたのだろう。皆一様に、ジナーンへ非難の目を向ける。ここに居る大臣達は、元王太子の婚約破棄からこちら、寝る間も惜しんで事後処理に明け暮れているのだ。ただでさえ睡眠不足で気が立っているのに、更に余計な仕事を増やした馬鹿王子が、自分のやらかした事の重大さに気づきもせず、偉そうに阿呆な事を言っているのだ。態度も視線も冷たくなるのは当然だ。


「な、何だ貴様ら。ぼくは次期国王だぞ、その不愉快な目をやめろ」

「のう、誰もジナーンに伝えておらんのか?」

「いいえ、王子宮には内務大臣が勅書をお持ちしたはずですが」

「はい、わたしが直接ジナーン様に勅書をお渡ししました。直ぐに読んで頂くよう、言葉も添えましたが」

「なのに知らんのか?」

「何なんだ、何の話をしているのですか、父上!」


 一人だけ話についていけないジナーンが喚く。口を開きかけた内務大臣を片手で制し、国王はジナーンに告げた。


「王位を継ぐのは其方ではない。そこに居る公爵家のフィア嬢だ」

「……は?」


 国王に示されるまで、ジナーンは私の存在に気づいてもいなかったのだろう。暫くポカンと間抜けな顔を晒していたが、急に何かに思い当たったようにポンと手を叩き、声を上げて笑った。


「ハハハ、全く父上も人が悪い!そんな下手な冗談で気持ちを解してもらわずとも、ぼくはもう国王になる覚悟が出来ておりますのでご安心を!」

「冗談ではない。次期国王はフィア嬢だ」

「ちなみにジナーン様の王位継承権は無くなりました。ですので国王になる覚悟など、必要ありません」

「二度と貴方の出る幕は有りませんから、ご安心を」


 口々に大臣達が補足する。ジナーンを見る目は冷ややかで、誰も笑っていない。ジナーンの勢いが見る間に萎んでゆく。


「……え、本当に?」

「ああ。年内にはフィア嬢が女王に即位する」

「……何で?」

「我が国の王位継承権は、女性王族のみに認められる事になったのだ。再三に渡る一方的な婚約破棄について何度もお叱りがあったのに、全く聞く耳を持たない我が国の男性王族に対して、皇帝陛下が大層お怒りでな。二度と男が国王になれぬよう、法律が改正された」


 現在の王位継承権は一旦白紙にされ、現国王との繋がりを元に新しく王位継承順位が決められた。現国王の子は男子のみ、国妹である私の母は継承権を放棄したので、その娘である私に王位継承権一位が回ってきたのだ。


 淡々と説明する国王の声がきちんと届いているのか、ジナーンは呆然としている。この辺りのことは勅書に書いてあったはずだ。大事なことだからとわざわざ勅書にしたうえで内務大臣に手渡しされ、直ぐに読むよう念押しまでされたのに、読んでなかったの?

 

「ちなみに王位継承権は女系王族にのみ与えられる事になりました。ですのでジナーン様のお子様には王位継承権は発生しません」

「その意味でも、二度と貴方の出る幕は有りませんな」

「ですので今日の話し合いは、ジナーン様には関係ないのですよ」


 口々に大臣達が追撃する。ジナーンはもう虫の息だ。だからとどめを刺すのは止めてあげようと思っていたのに。


「……フィア、婚約解消は撤回する。だからぼくと結婚して、ぼくを王配にしてくれ」


 そんな馬鹿にした事を言い出すものだから、私はジナーンを完膚なきまでに叩きのめし、息の根を止めることにした。


「それはもう不可能です。私には新しい婚約者が居ますので」

「は?誰だ、ぼくの王位を掠め取ろうとする奴は!」

「貴方の王位なんて何処にも有りませんけど」

「フィアと結婚すればぼくの」

「ハハハッ、これは酷い!この国は、もっと早くに女王制にするべきだったな!」


 先程のジナーンとは比べ物にならない快活な笑い声が響き、私の腰に手が回される。グイと引き寄せられて、倒れかけた私を受け止めたのは、長身の美丈夫だ。


「お初にお目にかかる。俺は皇帝の第三王子でフィア嬢の新しい婚約者だ。これ程素晴らしい人を手放してくれて感謝しているよ!この国は俺とフィア嬢が立て直すから、ジナーン殿は安心して留学先に戻るといい!」


 私が言いたかったことは、新しい婚約者様がほとんど言ってくれた。だから私から元婚約者に言うのは、最後に一つだけ。


「ジナーン、留学先の恋人さんとお幸せにね」


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