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主人公たちは楽しそうにキャンプを楽しんでいます。
奴隷の町娘はせっせと給仕に勤しみ、セットで買ったワンコは嬉しそうに主人公のまわりを駆け回ります。
『わふ! わふわふ!』
『お~かわいいな。このワンコ、なんていう犬種なんだ?』
『さあ、私もなにも聞かされていません』
みんなでワンコをかわいがっていると、ワンコが月に向かって吠え出しました。
『わふー! わふー!』
すると、なんということでしょう。
ワンコの体が光を放ち始めました。
そして、光に包まれ形状を変えます。
『わふ、わふ! ご主人様! 私、人間になりましたー!』
『おお! 獣人娘だったのか、お前!』
ワンコは美しい女の子に変身しました。
どうやら、月明かりに照らされると変身する仕組みだったようです。
「に、二階堂さん、あれはまさか……!」
「そうだ。買ってきたワンコは実は獣人娘だった、というサプライズ。なろう小説では飼っていたペットが美少女になるのは鉄板の展開だ」
「これで『獣人娘』もクリアーですね!」
「さて、最後の作戦に移るぞ……」
◆ ◆ ◆
私と二階堂さんはとある民家に訪れています。
『つまり、あの野郎は美少女たちとの旅を楽しんでいると?』
『そうなんですよ。たいした努力もせずに運だけで美少女とイチャイチャしています。どうです。腹が立つでしょう』
『そりゃあそうだ。あいつはただの無能。それが今じゃそんないい思いしているなんて許せねえな』
ここは、主人公さんが最初にいた家です。
話している相手は主人公さんの親戚で、最近まで主人公さんと一緒に暮らしていました。
先日、主人公さんのことを家から叩きだした張本人でもあります。
『我々が主人公のところまでご案内します。どうぞ彼を倒して美少女をあなたのものにしてください』
『がははは。それはいい。案内してくれ!』
さあ、我々がなにをしようとしているか、もうわかりますよね。
いよいよ、大詰めです。
◆ ◆ ◆
草原のど真ん中で、主人公さんとおじさんが対峙しています。
ついに因縁の対決です。
『俺が勝ったら、美少女たちを全員貰っていくぞー! かまわんな!』
『僕が負けることなんてないから、別にいいよー。逆に怪我してもしらないけどね』
『ほざけ! キエエエエエエ!』
『はああああああ!』
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
最後の戦いが始まりました。
これに主人公が勝てば、晴れて『ざまあ』がクリアーされ、この物語を終わらせることができます。
ここまで本当に長かったですが、なんとか残業にはならなそうでほっとしています。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!
激しい金属音が鳴り響きます。
主人公さんがいつの間にか身に着けていた剣技によって、激しい剣戟を繰り広げています。
ちなみに動きは速すぎてほとんど見えないので、音だけの実況となることをお許しください。
おや、もう決着がつきそうです。
『空中なら躱せないだろ!』
『なに!? 考えたな! ぐああああ!』
主人公さんが勝ちました。
空中では相手が攻撃を躱せないことに気が付くとは、やはり天才ですね。
幼稚園生並みの発想力です。
『きゃ~。勝った勝った~! さすが主人公!』
『素敵~。抱いて~!』
戦いを見守っていた女性陣が主人公に駆け寄ります。
自分たちのことを勝手に賭けて戦っていた主人公のことを怒らないあたり、とても頭が悪い、いえ、心が広いのでしょう。
『くっそ~。俺にも美少女を一人分けてくれよ~』
『ダメダメ。お前は僕にひどいことしたから、一生許さないよ。ついでだ。お前の家も全焼させておこう』
『やめてくれ~!』
『あっはっは。お前は僕が泣いたら許してくれたか? 自分の行いを思い返してみろ』
『ちくしょー!』
『ざまぁ! じゃあね~。二度と僕の前にツラ出すなよ~』
主人公一行はその場を去ります。
明らかに主人公はやりすぎですし、言っていることも悪役のそれです。
ですが、「やられたらやり返す、倍返しだ!」という某有名ドラマのセリフに感化されているのか、主人公はそのことに疑問をもちません。
ハムラビ法典のほうがまだ優しいです。
え? 煽りすぎですか?
いいんですよ。
これですべての伏線は回収し終わりました。
もうこんな小説とはおさらばです。
さっさと現実世界に帰りましょう。
◆ ◆ ◆
「はあ、やっとあのクソ主人公ともお別れですね」
「なんだ。三浦隊員、ずいぶん辛辣だな。まだ怒っているのか?」
「いえ、そうでは……。ですが、とても好感などもてませんよ。たいした努力もせずに世界最強となり、目上の人間に対して敬意もない。美少女でなければ助けない、かと思えば、勝手に女性の運命を賭けて戦いだす始末です」
「ま、まあ、そう言うな。これがなろうの様式美なんだ。最強へのなり方は人それぞれだし、性格も人それぞれ、加えて、美少女は多ければ多いほど読者の気を惹けるものだからな」
「主人公が初めに追放されているという悲しいエピソードがなかったら、ただの女たらしですよ。女性側もおかしいです。あんなにライバルが増えているのに、文句を言わないのは不自然です」
「一夫多妻制は男のロマン。小説の中でくらいは妄想に浸らせてやっても……」
「表現の自由は認めますけど、だったらこれはもう官能小説かなにかであると公言するべきですよ。どう考えても中高生が読むライトノベルとしては相応しくないです」
そう言って切って捨てます。
私はこの作品が大嫌いです。
二度と読み返すこともないでしょう。
とても腹立たしい気持ちになりました。
早く現実世界に帰ってケーキでも食べましょう。
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