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図書館の奥の部屋で、主人公が禁書を手に取ります。
あの禁書に、めちゃくちゃとんでもない魔法が書かれていて、それを主人公が体得するというストーリーなのです。
「でも、主人公が禁書を読めるのっておかしくないですか? 誰にも読めない文字で書かれているんですよね?」
「いや、禁書は日本語で書かれているんだ。主人公は異世界転生でこの世界に来ているから、日本語がわかる。すなわち、あの本を読めるのは主人公だけというわけだ」
「なーるほど! じゃあ、この異世界って、日本となにか関係があるんですね! たとえば、あの禁書の作者が日本人だったとか!」
「いや、たぶんそういうことじゃない。単純に主人公が読める文字が日本語しかなかったから、禁書に書かれている文字を日本語という設定にしただけだ」
「え、それっておかしくないですか? じゃあ、なんで禁書に日本語が……」
「たまたま、ということになるな。たまたまならしょうがないだろう。特に問題ない」
「は、はあ……」
「これで主人公は最強の力を手に入れた。しかも禁書も読める天才として、人々から一目置かれることになる」
「ただ母国語を読んだだけだと知ったら、異世界人たちもどんな反応するんですかね……」
「いいんだよ。どうせわかりはしない」
「ええ……」
そういうものなのでしょうか。
ちょっとご都合主義が過ぎる気がします。
なろう小説って、こんな感じなんですか?
◆ ◆ ◆
ところ変わってここは近所の畑。
ここにはときどきモンスターが出るので、主人公が腕試しに来たようです。
「ふむ。まずいな」
二階堂さんがまた「まずいな」と言い出しました。
なにがまずいのでしょうか。
「話が平坦過ぎる。ここまで話が平坦なのも珍しい」
「う~ん、言われてみれば、そうかもしれませんね」
物語はただ進めばいいというものではありません。
たとえば、週刊少年ジャンプで連載しているワンピース。
あれを物語として分解すると、主人公が能力を手に入れる→旅に出る→悪い奴をやっつける→仲間を作る。
みたいな感じですごく平坦なんです。
でも、それが平坦に見えないのは、細かい演出が入っているからなんです。
主人公がピンチになったり、脇役がミスをやらかしたり、村人が主人公に助けを求めたり、いきなりとんでもない敵が現れたり……。
こういう演出が入るから、物語は面白く見えているんです。
それを考えると、この作品はなんとも平坦で、つまらない感じがします。
これじゃあ山なし谷なしの物語ですから、作者自身も続きを書きたくなくなってしまいます。
「よし。いっちょう行ってこい」
「えっ。どうすればいいんですか?」
「盛り上がるシーンを作ってくるんだよ。そうだな。三浦隊員がモンスターに襲われているところを主人公が助ける、なんていうのはどうだ」
「ええええ! 怖いですよ! 嫌ですよ!」
「嫌でもやるんだよ。それが俺たちの仕事だ」
二階堂さんは私の背中を押してきます。
どうやら、やらなくちゃダメみたいです。
も~、これってパワハラじゃないんですか?
私はしぶしぶモンスターを探し出して、主人公の近くまで誘導させたあと、悲鳴を上げます。
『きゃ~! 誰か助けてぇ!』
さあ! 主人公さん! 助けてください!
か弱い乙女が襲われていますよ!
◆ ◆ ◆
私は主人公に助けを求めます。
『きゃ~! きゃ~!』
あれ?
主人公が全然こっちに興味を示しませんね。
なぜでしょう?
岩の陰から二階堂さんの指示が飛びます。
あのサインは「主人公のほうに突っ込め」という合図ですね。
私は叫びながら主人公のほうに走ります。
『きゃ~! 主人公さん、助けてぇ~!』
『え? なんで僕が?』
『なんでもなにもないです! 助けて!』
『ええ。ちょっと今、魔法の確認中なのですが……』
主人公はなかなか戦おうとしません。
『四の五の言わずに戦ってください! あなた主人公なんでしょう!?』
『なんだか命令されるのはいい気分じゃなりですが、仕方ない。ほい!』
主人公が手を振るうと、キラキラとした魔法が出てきてモンスターがバタリと倒れます。
どうやら、主人公の治癒魔法は、逆に相手に死を与えることもできるという凄まじい能力のようです。
『わあ、すごいですね!』
『おっレベル上がったなぁ~。この調子でじゃんじゃんモンスターを倒そう!』
『えっと、じゃあ、私はこれで、ありがとうございました』
『ええ? もう行っちゃうの?』
え?
なんですか?
主人公に呼び止められました。
そして、彼は私に偉そうにこう言いました。
『助けたんだから、お礼は?』
『は?』
『お礼だよ。タダで助けろっていうのかい?』
『い、いえ、ではこのお金を……』
『くれるの? ラッキー! 言ってみるものだね!』
そう言って主人公は駆けて行ってしまいました。
◆ ◆ ◆
「なんなんですか! あの主人公は!」
「まあまあ、主人公のレベルアップのきっかけを演出できたんだから、よしとしよう」
「だいたい、なんで最初に助けてくれなかったんですか! お礼まで要求してくるし!」
私が憤慨していると二階堂さんが苦笑いしながら答えてくれます。
「ははは。まあ、三浦隊員はどうみてもアジア人の顔つきだからな。こういうファンタジーのヒロインっていうのは、みんな白人なんだ。それにヒロインは十代前半が一般的だ。三浦隊員では少々歳をとりすぎている。だからモブみたいな扱いをされてしまったんだろう」
二階堂さんはペラペラと得意げにしゃべります。
私はその態度と言葉に激怒しました。
「なんですかそれ? 私が二十台で顔の平べったいアジア人だから、殺されそうになってたのに放置しようとしたってことですか!? 失礼にもほどがあるでしょう、あの主人公!」
「い、いや、ファンタジーのヒロインの場合はそういうものだからな……」
「ああ、いいですよ。どうせ二階堂さんも白人の美少女がいいんでしょう? まったくひどい差別ですよ」
「そ、そんなことはないよ。私はただなろう小説における一般的な見解をだな……」
「もういいです! さっさとあのクソ主人公のあとを追いますよ!」
「りょ、了解だ」
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