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白兎がうさぎを辞めた日  作者: うさぎん
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白兎がうさぎを辞めた日

■第一章「師からの勅命」


 いつも通りの昼下がり。ここは十二支神が集う動物界。衛士としてはまだ見習いである白兎はくとは、第四師団の護衛室で待機していた。勿論、次に控えている訓練や指令のためだ。


「もともと小心者なところはあるけれど、あまりの緊張で萎縮しちゃったら意味がないよな……」


 そんなことを呟いていると、コツコツとこちらへ向かってくる足音がする――

――時間だ。いつも頑固で小言の多い団長が来たものだと思っていた。


『だが、目の前に現れたのはこの世界を統べる籠神(かごしん)師獣(しし)」であった』



 それから白兎は、師獣の護衛達と共に籠神の間に移動。この場に通される動物は限られている。せいぜい直属の護衛と、十二支神くらいのものだろう。

師獣(しし)は、面持ちの固い白兎をしばらく見てから、口をようやく開いた。


「向こう側の人間界から、この動物界に一人の少女が紛れ込んでしまったようだ。白兎よ、そこで我からの命を伝える」

「はっ、いかような命でもこの白兎……」

「うむ、その殊勝や良し。だが、そこまでかしこまらなくともよい。簡単な話だ。この侵入者である人間の身の周りの世話をせよ。以上だ――」


……は、はぁ?


 思わずそんな感嘆が漏れてしまいそうだった。我ら動物にとって、生態系を破壊するような人間など危険因子でしかないはず。果たしてこのような処分は有り得るのだろうか。若輩の白兎にとってあまりに唐突で、想定とは異なる事態だ。戸惑いと疑問を隠せずにはいられない。


『ここから、見習い白兎と異世界からの少女の「世界をも揺るがす革命(せいかつ)」が始まる――』



■第二章「有栖という名の無自覚者」

 

 突拍子もない任務。何からまず始め、どのように遂行していけばいいのだろう。

 そして、異世界からの人間とはどのような人物なのだろう。感情が入り乱れる中、白兎はしきりに考えていた。

 それからしばらくして、突如ガラガラッと何かが崩れ落ち、カシャンと割れる音がした。陶器のようなものだろう。場所はきっと食堂に違いない。そこは白兎が所属する、第四師団の護衛室にほど近い場所だ。


「何事だろう。師団の使用人達が管理しているはずだが、まさか、仲違いでもあったのだろうか?」

 

 これでも十二支の中の兎、ウサギの精霊だ。持ち前の跳躍力で、すぐさま現地へ向かう。


「……えっと、これは……」


 動物界にも「目を見張る」という表現はあるが、こんな場面でも使うものなのだろうか。持ち前の紅い瞳からは、驚きやとまどい、そして飽きれ。外からはそんな感情が覗えるのではないかと思う。

 なぜなら、そこに居たのは……


「むきゅー、れすきゅー……お、お願いしますっ!」


 例の人間だったからだ。しかも、なぜか使用人が着用するメイド服で床に這いつくばっていた。



 こういう時はまずなんと声をかけたらいいのだろう。雌の扱いに慣れている団員に教わっておくべきだったんだろうか。


「とりあえず大丈夫、か?」


 白兎は、倒れている彼女の様子を見ながら、手を取り起き上がるのを手伝った。


「いたたっ……あ、ありがとうございます。可愛いウサギさん~♪おかげで、なんとか立ち上がることが出来ました!」


 一見すると茶色の長い髪をした、華奢な身体つきの少女だった。多少、本などで得た知識に過ぎないが、齢二十歳いっていないくらいだろう。


「いや、まぁその……礼はいいんだけど。いくつか質問を。君はなぜこの食堂にいたのか?そして、使用人のモノであるメイド服をどうして着てるんだ?」


 そう問うと、なぜか少女は恥ずかしそうに頬を少し赤らめた。


「えっと答えなきゃ、その……だめ?」

「当たり前だ。まぁ、そちらの世界の常識は詳しく知らないが。ここでは勝手が違うぞ、人間」


 彼女はおろおろしながらも、必死に答えた。


「えっと、そう!しばらく何も食べてなかったからお腹が空いちゃって……あと、このフリフリの衣装!秋葉原の喫茶店とかで見かけてね、一度着てみたかったの。どうかな?それにね、これ着てれば使用人だと思われてバレないかとー……(ごにょごにょ)」


 やれやれ。籠神である師獣様は、このような人間の世話を私に命じたのか。


「あと、あのっ。お皿とティーカップとポットと、それから、それから~いろいろ割っちゃって、そのっ、ごめんなさい……」


「まずそんなことより。そろそろ離してくれないか?倒れていた君の手を取った直後に、今度はこちらが抱きかかえられていた気がするんだが……」


 黙っていたが、両足が宙から浮いていた。そして背中にむにむにとなにやらなにかがうん…まぁ、雄(男性)ならまず反応するアレだ。


「つい可愛かったから、ぎゅってだっこしちゃった♪」


 ここは彼女にとって異世界のはずだが。ずいぶんマイペースで、変わった少女だなと思わざるを得なかった。


■第三章「曖昧な心の相互理解」


 彼女からの抱擁(?)がようやく終わると、お互い顔を見合わせた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前は有栖ありすだよ。よろしくね。ねぇ、うさぎさんのお名前は?」

「俺は白兎はくとだ。後々、面倒になりそうだから説明しておくと。この世界を統括する偉いお方に、君の身の周りの世話を仰せつかった。」


 それを聞いた彼女は一瞬きょとんとした後、うれしそうな笑顔で詰め寄り、白兎の小さな手を取った。


「うっ、こここ。こんなに可愛いうさぎさんが私の面倒を見てくれるの?私ね、実家の庭にある大きな倉庫の掃除をしていたのだけれど。ガラクタだらけの一角に、綺麗で高そうな『籠』があったの。でねでね、それに触れた途端……」


 有栖の話に寄ると、大きな眩い光に包まれて、気がついたら今居る建物の外に居たらしい。



 さて、これからどうしたものか……


 動物界の掟を、まるで赤子を育てるかのように教え込んでゆかなければならない。今更だが、これは気が遠くなってきた。

 まずはこの建物もしくは町の外まで出て、案内をしてみるのがセオリーなのかもしれないが。食堂で食べ物を物色し、メイドに変装し、終いには備品を壊すような天然ドジっ子少女だ。いきなりこれ以上の面倒を起こされても困る。

 仕方ない、か。諦めた様な表情で白兎は有栖に言った。


「とりあえず、ここからすぐ先にある俺の部屋に――もう少し詳しい話も聞きたいし、なにより君は現時点でかなりの心配因子だ」

「うさぎさんって。こんなに可愛いのに、結構積極的なんだネ♪」

「……違う、断じて!あと、兎がこうして真剣に話しているのに菓子パンをもぐもぐするのは止めなさい」


 どうせ、有栖が食べてしまった食べ物と破壊した器物は白兎が弁償することになるのだろう。


「おいっ、本当に身体で払ってもらうぞ」

「発情期なんだね。私、君にならちょっと痛くされてもがんばる……//」


 なんなんだろう、この気持ち。言うんじゃなかった……



■第四章「現在いまを受け入れるちから

 

 白兎の甲斐甲斐しい働きぶりもあったが、有栖が動物界に馴染むのにそう時間はかからなかった。この性格だ、失敗がなかったわけではない。しかし、彼女のひたむきさや柔らかな物腰、そして動物への優しさ。これらが功を奏したようだ。気づけばいつも彼女の周りには、動物達が駆け寄るようになっていた。


「すっかりこの世界の一員みたいになったようだな」


 あとから託された通常の任務もこなしながら。出来る限り彼女に付き添ったのだ。ここまでの結果は出てくれないと困る。


「ありがとう、白兎っ。おかげですっかり動物さん達の人気者になっちゃった!でも、一員みたいじゃなくて、ちゃんとした一員だもん。認めてよ~」


 両手を背中に回して嬉しそうな動作を見せたり、表情をコロコロ変えて怒ったり。あいかわらず面白いところはそのままだ。


 ちなみに、彼女の生活基盤となる住まいであるが。なぜか用意されていなかった。身の回りの世話をせよ、というのは要するにそういうことらしい。まあ、そんなわけで彼女とは同棲(?)生活を強いられていたわけだ。


…………


「うん?どうしたの、白兎?そんなに複雑な顔しちゃって」


 不思議そうな顔で、顔を覗き込んできた。彼女は、なんとも言えない女性特有の仕草をしてくる。それも本当に自然に――

 それにしても師はどうして彼女をこの世界に受け入れたのだろうか。これまで一緒に過ごしてはきたが、なにか特別な存在かんじではないように思える。


「いや、うん。そうだな。思い出したよ。今まで聞いていないことがあったんだった」


――そろそろいいだろう。


「なぁ、有栖。君は元いた世界に戻りたいとは……」

「あっ!ねぇねぇ、白兎っ。あそこのお店に焼きたてのパン売ってるよ!しかもすんごい並んでる。いこいこっ♪」

 まぁ、この調子だ。あとこういう時にいつもいつも抱きかかえて急に走り出そうとするのは止めて欲しいものだ。成りは少しばかり小さいが、これでも名のある第四師団の護衛特務なのだから……恥ずかしいったらありゃしない。

「有栖先生ー、セクハラは犯罪に含まれると思います」

「安心してください、白兎君。バナナはおやつに含まれませんから……あっ、この美味しそうなチェリーパイ300円だって!」

 この流れのチェリーパイを結局俺が払ったのは言うまでもないw



■第五章「不協和音の前奏曲」


 彼女がこの世界に馴染んで、しばらくしてからのことだった。町外れで起こったそれは、酒場を中心に瞬く間に噂として流れた。十二番の支である亥(猪・いのしし)の群れが、見るに絶えない姿で吊るし上げられていたと……


――これは「支獣ささえ」と、その敵対勢力である「祟獣たたり」の抗争の序章に過ぎなかった――


 祟獣には何種類かの系統が存在する。主には――


「代々の神に逆らった者」

「動物界から除外された者」

「無残な死を遂げた者」


 がそれにあたる。


 それからここ数日で、不可解な災害。十二支への挑発を彷彿とさせる書置き、と立て続けに不吉は舞い込んできた。これら事件に関する情報は、師団員である白兎の耳にも入った。

 神妙な面持ちの中、物思いに耽っていると。有栖が何か言いたげな様子でこちらに向かってきた。


「ねぇ、最近の町の様子。何だかおかしくないかな?みんな暗い感じだし。それに私、聞いちゃったんだけど……」

「すまないが今は一人にしてくれ。やらなければならない事もある」

「白兎、第四……師団の護衛士だもんね。もしかしてなんだけど、これから何か始まるのかな?白兎に何かあったら私……」


 とにかく心配そうな表情でこちらを見つめてくる。ただそれが、その瞳が今はどうしても腹立たしく思ってしまった。


「これは動物界である俺達の問題だ。余所者が割り入ってくる事じゃない」

「そ、そんな言い方……」


 有栖は悲しそうにうな垂れてしまった……

 わかっている、わかっている。有栖がそう思うのも無理はないことも、自分はこれから獣同士の争いに加わることも、そして――


『何があっても護らなくてはならないものがあることを』


「有栖、亥の中には俺の友や知る者も居たんだ」

「そうだったんだ。うん、わかった。ごめんね……」

 俺と有栖は気まずさの中、お互い少し駆け足でその場を後にした。



■第六章「鷹と括れ無き事象」


 護衛特務とはいえさらなる情報は必要だ。さて、まずはどうしたものか。外で情報を仕入れてもいいが、他の支がすでに担っていることだ。今はまだ……


「なんだか浮かない顔をしているのね。まぁ無理もないけれど」


 師団の中央ホールの片隅で佇んでいると、声がした、馴染みのある凛とした透明な声が。


「鷹乃。視察諜報部がこのような場所に居るなんて珍しいな」


 この落ち着いて大人びた感じの鷹は「鷹乃」という。十二支ではないが、鷹は動物の中でも高貴な存在されている。知能が高く、鷹乃のように視察に赴くか、放浪の旅に出て見聞を広めたがる者も少なくない。


「私、お腹すいちゃったな……良かったら、どこかで食事でもどう?」

「そういうところも相変わらずなんだな」


 白兎と彼女は腐れ縁のような関係だ。ちなみに現在時刻は午後2時をまわったというところだ。鷹乃は細い体格以上に少食。大抵単独で食事を済ませているはずだ。


「あいにくだが、俺はすでに食事は済ませ……そもそも鷹乃だって……」

「つれないのね。それとも「私」とじゃ不満?」


 思わせぶりな態度。女性特有のさりげない素振り。そんなスキルも持ち合わせているため、男子の一部からは人気が高い。


「知りたいのでしょう。内部での被害状況、並びに主犯格。そしてこれから起こる……私との密会。ふふっ、安くしとくわよ」


 つまりはそういうことだ。さすがは諜報部のルーキーといったところか。


 それから、鷹乃は白兎と幻森の奥地へ。趣のある小屋まで案内した。白兎が辺りを軽く索敵みわたしただけでも、盗み聞きされる心配はまずなさそうだ。


「幻森か……しばらく来ていなかったな。」


 動物界に存在する数多の森林の中でも、神聖な場所らしい。来たのは幼い時だったので、あまり認識はなかったが。


「それでこれが私の知り得た内部での情報記録。それから――」


 俺はここで、彼女の口から驚愕の事実を知ることとなる。


『あの「有栖」が、次の籠神となる器であること』


 認めたくはなかった。言い換えれば、有栖は史獣を継ぐ、次期籠神候補ということだ。

 話を聞くにつれ困惑し、口数が少なくなってゆく白兎。話す鷹乃も、彼のそんな様子を神妙な面持ちで見るようになっていた。


「有栖ちゃんって人間、なかなかいい子よね。だから、白兎。これからどんなことがあっても、彼女を守ってあげてね」


 鷹乃はそれだけ告げると、あとは愛らしくウインクをして颯爽と飛び去ってしまった。


…………。


 十二の柱で固められた動物界、その頂点に立つ史獣。それに対して自分は非力な駆け出しの衛士。なぜ次期籠神となる候補を、自分などに護衛を任せたのか。疑問符は膨らむばかりだった。



■第七章「護ることさえ赦されない世界」


……空、山、海。自然という名の一帯が、闇に包まれ血で染まる。奮闘するも壊滅間近の十二支神。惨状は見るに耐えるものでなく、それは祟獣の勝利を意味していた。


「伝令、伝令!龍神近衛部隊、全滅!繰りかえ……ぐっ…――」

「史獣様、ここはもう駄目ですっ。早急にお逃げください!……何をしているのですか、史獣様。いえっ、――様っ!!」

「(もはやここまでか……) 前々から其の名で呼ぶなと言っておろう。まぁ、良い。これが余の最期の業と成る。白兎を呼んで参れ」

「ですが…………み、御心のままに!」


 頑丈で荘厳な作りの籠神の間も天井を始め、壁がどんどん崩れ始めていた。そんな中、間もなく現れた白い兎。

「お呼びでしょうか、史獣様。この白兎、何があっても守護師団としての役目を……籠(加護)神である史獣様をお守りすることが出来れば、世界の再生も。ですので、ここはわたくしに任せ、どうか――」

「ふんっ、そのようなテンプレとうに聞き飽きておるわ。……ですが、また少し大きくなりましたね。私の可愛い白……」


 ……この声。聞き覚えがあった。生まれ幼かった頃、まるで揺り籠のように、穏やかに優しく。無償の愛に暖かく包まれたあの――

 ずっと亡くなっていたと思っていた。籠神と呼ばれてきた史獣は白兎の母親「美兎みう」であったのだった。


――

――――この場の倒壊までもう時間がない……


「白、今一度 貴方に問います。この世界を救いたいですか?護るべきではなく、護りたいとするものはありますか?」

 ガダンッッッ……天井からは巨大な欠片が降っている。感覚的に禍々しい獣の気配も近い。そんな中、俺は頷くことしかできずにいた……

「はい」

「では、白兎。籠神として、……何よりあなたの母として、最後の命を伝えます」


『私を殺して、白……』


――


 自然の掟は厳しい。さらに、この世界においては、獣神に対する徹底的な決まりもまた存在する。支獣から加護を受けられる代わりに、忠誠を示さねばならない。反旗を翻すどころか、自らの手で殺めてしまうなどもっての他である。それが母親であったのなら尚更。


…………――


『俺は……「白兎(おれ)」であることを――――ヤメル』



■第八章「白を黒に染める代償」


 有栖は、事前に地下にあるシェルターに非難させられていた。これは、支団が所有する物ではなく、鷹乃が趣味で知人に依頼して作らせた物らしい。


「白兎、みんな……こんな時に、私はただこうしているだけなんて」

(最初はわからないことばかりだったけれど、少しずつ動物界にも慣れてきて)

「わずかでも受け入れてもらえたと思ってた…けど、けど……私はそれでも余所者」


 嘆いた。頑丈な防護壁を前に、大きな丸いノブに手をかけながら――


 それから先の事はよく覚えていない。混濁とした意識の中、霧のような血しぶきを浴び。白い毛並みに付着した、形の不揃いな肉片を視たことくらいか


――無数に笑っていた、ケラケラと投げかけてくる。それも何かの呪いのように――


 白兎の身体が一回りも二周りも大きくなってゆく。その雑音ノイズが響くごとに。


「俺は、ここに居て。でも、もうなくて……だから」


ドクンっ……俺ではない白兎という最後の鼓動。その瞬間、プツンっと何かが切れた


 大地が割れ、削れてゆく。暗雲からは雷と豪雨。祟神は無慈悲だ。屍になった動物さえも弄んでいる。留まる事を知らない。ただ、そんな中。まるで咆哮のような強風を纏いながら、近寄るモノ全テをなぎ払う、黒印の獣影があった。


「…………」


 面白いように一帯が消し飛ぶ。そんな感覚に酔いしれ、なんだかとてもとても嬉しそうだ。オレハウレシソウダ……辺りには雄叫びを。無数の切り裂く剣を。蹂躙し嬲るため触手を!!


過誤(かご)】…動物としての掟を破り、籠を殺し喰らうこと。


 禁忌を犯した白兎は、すでに動物としての原型をとどめていなかった。

 衛士らしい正義も。本能も、感情もろとも……


 そこには支獣と祟神の、善と悪の、区別などどこにも無い――


 笑いが止まらなかった、嬉しさで。この破壊衝動をもっと表現するにはあと何が必要だろう……いいかげん、野郎共の生臭い返り血を浴びるのも飽きてしまった。今度は女子供を……――ん、うん?そうだ、そうだ、そうだ。アイツがいたじゃないか!


「ぁアリ、……アリ…ス―――………有、栖…………有栖、有栖、有栖……」


 あの力を手に入れたなら、さらに!

「有栖」…次の籠神としての器。さぞかし美味なことだろう。壊して、殺して、喰らいしゃぶり尽くそう。それがいい、それがいいに決まっているッッッ!!


 しかし、どこをどんなに探しても有栖は見つからない。


――あれから、どれだけの時間が経っただろう……

どれだけの屍の山を越えただろう……

どれだけ白兎うさぎをやめただろう……


『有栖、彼女のいない世界にもう用はない』


「ウォォォォォッ……ガァァァァァァァッッッ!!!」


 怒り狂った異形は自らの心の臓に、黒紅の巨大な爪を突き刺し。そして、握り潰していた……絶命の咲には紅い血の涙を流して……


 忠誠からの破壊、殺戮、自害。

――ラビットシンドロームの悲劇――

 生き残った動物達は、この一連の流れをそう呼んだ。また、禍々しく散っていった血に塗れの生物を、「黒卵こくう」と呼び、忌み嫌ったという。


「本当にこれで良かったのですか、美兎小母様……」



■第九章「研ぎ澄まされた看未の応対」


 ……。視界は真っ暗で何も感じなかった。空間だけが存在し、そこに定着しているようでしていないかのような、そんな曖昧な感覚だ。

(どうやら俺は死んだらしい……俺の居た世界はどうなったのだろうか。なにより俺が……)

「本当に守りたかった有栖はもうきっといない、会えない……」


 福支第八班特設の応急治療室。そこには淡い桃色のナース服を着たひつじ達がせっせと機敏に、救護に当たっていた。


「様子はどう?」

「鷹乃さん、お気の毒ですが。彼はすでに……息を……」


そう――わかっていることを、こうしてこうなるんだと、わかっていたことを。自問自答し繰り返し、あまつさえ誰かに聞こうなどとすることは愚かなことなのだろう。


「て、丁重に弔ってあげて……これでも、親しかったの、一応」

「ええ、知ってます。それに解っていますから。彼が英雄だってこと。最後まで、きっと……」

「今度は私が持て成しでもする番かしらね。こんなにお釣りをもらってしまったら悪いものね、ねぇ白兎」


 鷹乃は、彼の安らかな寝顔を見ると、重い足取りで治療部屋を出た。それから、廊下に出て右に曲がろうとした時だった。駆け足でこちらに向かってくる一人の少女だった。艶やかな茶色のロング髪に、小顔で整った面立ち。大きくて無垢で純粋そうな瞳も、今だけはひどく真剣な眼差しに変わっていた。


(遅いわよ、有栖ちゃん。遅い、遅いんだから……もう何もかも――)


 有栖だった。向かい合わせになったはずだが、一心不乱で駆け抜けていたため、鷹乃には気づかなかったようだ。

 「すっ、すみませんっっ!!白兎はっ、白兎はどこですか?だ、大丈夫なんでしょう…かっ?」

壁に少しぶつかりそうになりながら、白兎の部屋を探す。落ち着きのあるナースのひつじ「看未みみ」は彼女をそっと制した。

 「まずは落ち着いてください。大きな声を出されては、他の動物さんにも障りますし」

 周りにいるナースの中でも特に小さな羊だ。ただ冷静な判断力に長けているのは誰が見ても感じ取れるほどだった。有栖が少しだけ、申し訳なさそうにしていると

 「こちらですよ。ですが……もう」

 もう、なんなのだろう。いやだ、認めたくないっ。焦りからか勝手で嫌な予感に振り回されてしまう。そこには、胸元を上下させずに安らかに眠っている小さなうさぎの姿があった。


「……白兎、白兎っ。ねぇ、私だよ?…あっ、有栖。有栖だよ!ねぇ、聞こえてる?聞こえてるんだよね……



 変な冗談は止めて欲しい。どうか止めて欲しい…

 彼女は、落胆で色を失ったかのような瞳で、その場に崩れてしまった。膝から落ちたが、あまりのショックで痛みがわからない。


「いやっ、いやっ、いやぁぁあっっっ…………!!!」


 しばらくして、先ほどの看未が戻ってきた。察していた通りの有栖の様子に、気の毒そうな顔をするも。彼女の手を両手で取って、立ち上がらせた。そしてぽんと肩を叩いてあげると、最後にこう告げた。

 「有栖さん。白兎さんをあのお庭へ……貴女という人間ひとが召喚されたあの場所に……どうか埋葬してあげて下さい」

 嫌だって言いたかった、断りたかった。全力でこの現実を否定したかった。けれど

 「はい……わかりました」


 『私は、白兎を大事に大事にだっこしてあげました。』



■第十章「また逢う時はお揃いで」


 コツコツっ…ゆっくりと抱きかかえなきゃ…

 すれ違う動物さん達が、皆こちらを見てる気がした。ある人は神妙な面持ちで、ある人は嬉しそうに、ある人は崇めるかのように…


 なんなんだろう、白兎が、白兎が死んじゃったっていうのに。これから、私の手で、手っでっ…お別れしなきゃ、いけないのにっっ…どうしてそんな目で見るの……


 治療室を出て、廊下を左に曲がり、突き当りをさらに左に曲がり下ると、師団の建物の外に出ることが出来た。方向音痴な有栖が、この時ばかりは迷わなかったというのも皮肉な話だった。


 ほら、見て白兎。大きな大きな青空だよ……私、本当は知ってるの。白兎がお母さんの願いを聞き届けたこと。悪夢の中で彷徨いながらも、一生懸命戦ったこと。きっと、辛かったよね。苦しかったよね……でも、いつだってどんな時だって私にとっては、可愛いうさぎさんだから。

 あっ、ここからでも食堂の窓見えるね。

 出会ってからの日々が。どんどんと湧き上がってきて、止まらない。想いがあふれて――


 彼女はもう一度、ぎゅっと確かめるように抱きしめた。せめて自分の温もりだけでも伝わるようにと――


 大丈夫だよね。今度はきっと、違う夢ちゃんと見てるもんね。楽しい夢、見てねっ!!絶対ぜったいだよっ……


 だめだ、だめだっ。もう限界っ…私、泣いちゃってる……笑顔でって、きめて、きめて、たっ…のにっ……


 有栖の瞳から、大粒の涙がこぼれて白兎の毛並みを寝かせた。それから間もなくのことだった。白兎の身体が黒く染まってゆく。劣結晶化が始まったのだ…左腕、右足、耳の先端――全身が蝕まれ、侵食されていく。ボロボロと崩れてしまうのも間もなかった……


『――今度は、私が白兎を護るから――』


 鷹乃さんから聞いたの。私がこの世界での次の籠神だってこと。貴方のお母さんに代わって、動物界の再生と統括をお願いされちゃったけど、私にはとてもじゃないけど無理だよ。ごめんね…

(それに、これだけの加護の力があるのなら――いいよね)


 前籠神「師獣」を殺して白兎はこうなってしまったのだ。ならば、今や籠神の力を保有する有栖が白兎に命を分け与えればなんとかなるのではと考えたのだ。


「お別れだね、白兎っ…でも、ありがとう。貴方と過ごした日々は本当に楽しかったです。向こう側の世界に行っても、きっと貴方のことは忘れません。大好き、大好きでした……ずっとずっと…愛してます。だから……」


 有栖は、小さくなってゆく彼にそっとキスを交わして…


「どうか生き返って、白兎のいない世界なんて嫌だよ……でも、私っ。護りたくても、死にたくないよっ…ずっと一緒に、白兎のそばにいたいよ、いさせてよ!!」


 というのが、彼女の心の声(本心)だ。声にはもう出ない――


 「またあのお菓子パン、一緒に食べようね」


 そして意を決したかのように、詠唱を始めた。籠神のみが使用できる禁忌の術式だ。有栖の足元には、陣が開き神々しい輝きを放っている。持ち前の長い髪が舞い上がって


「有栖という名(命)の基に、今こそ加護の契約を――対象者、白……」


良かった、これで白兎を。どうか私のこと忘れないでっ……――


 有栖が残りの「兎」を唱えようとする瞬間ときだった。

 脳に直接語りかけるかのように、声が聞こえた。声の主もなぜか目の前に見えてくる。とても不思議で新鮮な感じを覚える。


「我が名は「獏」 人の夢を喰らって生きている。我は、そこの「白兎」という兎に興味があってな。動物であるはずが、悪夢見るとな。そして、動物界を救ったと聞く」

「――」

「にして、少女「有栖」よ。お前はこれでいいのか?護ることの難しさを知り合ったお前達のどちらを失っても、皆、悲しむであろう。そこでどうだ我と契約を交わし、白兎とお主の悪夢を我によこすというのは」


 こんなことがあるのだろうか……獏といえば、確か中国の伝説の生物。白兎が黒卯で自害する悪夢から、私が白兎とお別れする悪夢から開放されさえされれば。


「どうか、お願いします」

「契約成立だ。その願い、聞き届けた」



………



「白兎っ、白兎ー」


 いつも通りの朝だった。朝食はまたしても例の菓子パン。


 けたたましく、彼女が駆けて来る。


「ねぇねぇ、この資料なんだけどー」


 テーブルに都市開発の設計に関する見積もりの資料だ。籠神として、彼女は今も動物界で暮らしている。


「あぁ、これか。ん……」


 注意書きに丸文字でなぜかパン屋さん希望!といろいろメモが書いてある……


「あと、これって籠神が管r…すr…mむぐっ」

「えいっ、ぎゅぅーっ」


 (おも)いっきり、(ふた)つの豊かな(むね)を顔面に押し付けてくる――

「(い、息が…)ぉ、おいっ、恥ずかしいっ、そういうのは禁止っ!」

「えへへっ、ホントはすごく嬉しいくせにっ……/// あっ、はくと、少し大きくなっちゃった?~」


 そんなこんなで、私は今も楽しく生活しています。これまでいろいろあったし、元の世界を懐かしむこともあるけれど、白兎と出会えて、本当に幸せです。

 

――だから、私は何度だって言います――


「私は、白兎が大好きですっ、ずっとずーっと愛してます。

 だから、その……不束者ですが、これからもどうかよろしくね♪」



-完-

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